演歌は「限界集落」なのか~ヒャダインの歌謡曲のススメ#4

2020.11.4

歌手としての活動だけでなく、前山田健一名義では、ももいろクローバー、AKB48といったアイドルから、SMAP、郷ひろみなどのビッグアーティスト、さらに、はやぶさへアニソンを楽曲提供するなど、ジャンルに一切とらわれない幅広い音楽活動を展開するヒャダイン。

そんな彼が心から愛する往年の名曲やいま注目の歌手など、歌謡曲の魅力を徹底考察する連載。
第4回目のテーマは「演歌の未来」。


演歌。
この音楽ジャンルに未来はあるのでしょうか。
演歌リスナーの高齢化、若者の演歌離れなど逆風であることは確かです。
今回は演歌の役割を見ながら、今後について考えたいと思います。

さて、演歌は日本の伝統音楽と考えられがちですが、演歌というジャンルの誕生は1960年代と実は60年の歴史なんですね。
誕生した当初は今で言うロックやパンクと同じく時代への反骨精神や悲しみを歌ったものでまさに「流行歌」だったわけです。
五木寛之さんの著書『艶歌』によると「庶民の口に出せない怨念悲傷を、艶なる詩曲に転じて歌う」ものでまさに人々の心を代弁する楽曲群だったんですね。
まず、そんな代弁者としての演歌の名曲を若輩者ながら数曲ご紹介していきましょう。

演歌が「口に出せない怨念悲傷」を代弁してくれた

まずは藤圭子さんの『圭子の夢は夜ひらく』
原曲は東京少年鑑別所で歌われていた俗曲なんですが、この曲の面白いのが歌詞違いがたくさん存在し、またいろんな歌手がカバーではなく持ち曲としてレパートリーしている点です。
それゆえに「圭子の」という注釈が歌のタイトルに入っているわけですね。
色んなバージョンがあるのですが、やはり藤圭子さんバージョンはまさに怨歌
「口に出せない怨念悲傷」を歌に昇華した流行歌と言えるでしょう。

十五、十六、十七と 私の人生暗かった~♪」という歌詞。
幼少期から凍える北海道で貧しい生活をしながら、浪曲師である両親とドサ周りを過ごしていた藤圭子さんの年齢と比例しない渋い歌声は説得力の塊。
1960年代、景気が上向きになりつつも貧富の格差がはっきりと出てきた時代とのシナジーもあったのでしょう。
2020年に「十五、十六、十七と 私の人生暗かった」とアイドルが歌っても「またまた〜」と一蹴されてしまいそうですね。

さくらと一郎『昭和枯れすゝき』も怨歌ですよね。
貧しさに負けた いえ世間に負けた この街も追われた ~ ♪
2020年にこの歌詞で新曲が出るなんて想像ができませんよね。しかし1974年はこれが大ヒットした。
演歌にはやはり「口に出せない怨念悲傷」を代弁してくれる側面があったと言えるでしょう。
それにしても「死ぬ時は一緒と ~♪」なんて物騒なことを言う楽曲ですね。

生活や社会への不満を歌に託すのは「時代錯誤」なのか

さて、前述の2曲。とても素晴らしい曲ですが、2020年の新曲として出すとなったらやはり時代錯誤感は否めません。
なぜなのでしょうか?
というのも、貧困の問題はいまだ解決されていません。特に若者の貧困はひどく、増してコロナによってその日暮らしの人も多いでしょう。
しかし、若者はそんな自分たちの「口に出せない怨念悲傷」を歌に託そうとはしません。
今流行している米津玄師さんやあいみょんさんらの歌詞は、自身との葛藤だったり生臭い恋愛模様だったりですが、生活の困窮や社会への不満は歌詞に著しません
「口に出せない怨念悲傷」はやはり時代に合わないのでしょうか。

歌のみならずツイッターなどのSNSで怨念悲傷を表現しようものなら「メンヘラ」扱いされて腫れ物扱いされることもしばしばです。
社会や政治への不満も特に芸能人は言えない時代になりました。昔はフォークソングなどで反体制を表現していた世界だったのに。

では、若者は歌に怨念悲傷を求めないのでしょうか?
私はそこに疑問を覚えます。

若者にも大人気の石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』、『天城越え』も怨念悲傷の塊のような曲です。
歌詞のみならず曲調も大仰。過剰なまでのドラマチックなサウンドの上であらゆるテクニックを巧みに使いこなし歌唱する石川さゆりさんの説得力たるや。
『津軽海峡・冬景色』においては、やはり今よりも「都会・地方」の概念の格差が大きかった時代、その悲しみや意味合いを現代の若者はわからないはずですが、今でも愛されて歌い継がれています。

さて、となると「若者は怨念悲傷を歌に求めていない、と音楽業界が決めつけすぎている」とは考えられないでしょうか。
いまだに自分たちなりのコブシや唸りを使い、カラオケで『津軽海峡・冬景色』、『天城越え』を情念たっぷりに歌っている若者がいる時点で、需要がないとは言い切れませんよね。
「時代錯誤」として切り捨てているのは、メーカー側なのかもしれません。

日本特異の「文化遺産」としてつなぐべきジャンル

しかし、そういう新曲を作るのは背景的に大変な時代であるとも考えます。
というのも今は「嘘」が過剰に嫌われる時代です。
「ヤラセ」や「ゴリ押し」など、作られたものに対して拒否反応が出てしまいます。

となると、貧困を中心とした「怨念悲傷」を歌詞にしたところで「けっ、こんな歌詞書いてるけどこの作詞家は結局金持ちなんだろ」とか、「こんな恵まれた状況にいるミュージシャンに貧困歌われても説得力ないわ草」となって、心に届かない可能性は大きいです。
歌手自身が藤圭子さんのような壮絶な貧困体験があったとかなら別なのでしょうが。

昔の演歌を若い人がカラオケで歌うのは「昔の曲だから」というある種、現実離れしたところがあるからというのは大きいかもしれません。
昔の曲だからその歌詞が彼らの言う「嘘」のあるなしが曖昧で、そこを考える必要性がないというのは一因かも、と考えています。

若い人が怨念悲傷を歌に求めなくなった現代、「演歌はご年配が聴く音楽」としてカテゴライズされてしまうと将来的にどうなるでしょうか。
「年をとったら演歌の良さがわかるよ」と呑気にリスナー数の増加を待っていていいものでしょうか。
もちろんそこには終焉しか待っていません
まるで限界集落のように毎年毎年減っていく人口をただただ眺めているだけでいいのでしょうか。

私はあまりにもったいないと思います。
世界的に見ても演歌というジャンルは異質で、文化遺産としてつないでいくべきではないでしょうか。

エントランスとなる若い歌い手の存在

そうなった時に必要なのは若いリスナー、そして若い歌い手です。
まずカテゴライズによる偏見や思い込みを取り去り、フラットに演歌を聴いてもらえる土壌を作るにはエントランスとなる若い歌い手が不可欠です。

ここ数十年は、それを氷川きよしさんが一手に引き受けてきた印象です。
彼の甘いルックス、そしてポップスをも歌いこなす歌の実力はド演歌好きはもちろん、演歌ビギナーの女子もたくさん惹きつけてきました。
そんな氷川さんも40代となり、新しいフェイズに突入されています。

次の架け橋は誰だろうと色々シーンを見ているんですが、なぜでしょう若手イケメン演歌歌手の皆さん、少し「クセ」があるんですよね。
もちろんクセがあることはいいんですが、それが若い人たちにとっては「ダサい」と呼ばれるようなクセだったりします。
髪型だったり服装だったり。ご年配向けなんですよ。
渋谷歩いていたら「え!?」てなる感じ。

演歌特有のクセがない中澤卓也が原動力となるか

そんな風になかなか難しいもんだなあなんて思っているさなか、中澤卓也さんの動画を紹介されて拝見しました。
まずビジュアルに「例のクセ」がないことに驚きました。
顔立ちが若手俳優さんや声優さんのような「今の顔」。
服装もTシャツ一枚の動画があったりと今っぽいオシャレさです(もちろんクセのあるジャケットを着てるものありますが)。

 

ヴィジュアルもそうですが、歌声がとても魅力的でした。
オリジナル曲は演歌や歌謡曲ですが、カバーソングをたくさん出されていて、その歌声が演歌とJ-POPのいいとこ取りといった印象です。
こぶしや唸りは少なめですが、キレイなビブラートに豊かな声量、そして声質が恵まれているなあと感じました。
「ええ声」なんですよね。
正直、めちゃくちゃ上手いです。
演歌や歌謡曲もいいですが、ミュージカルが合いそうな歌声です。

 

こういう誰もがわかる「うわ!歌うま!!」という20代が、演歌への架け橋となり若い人を連れてくるんじゃないかなと可能性を感じています。
2017年デビュー、ということでまだ色が定まっていない印象もありますが、このままありがちな「クセ」に飲み込まれて量産型の若手演歌歌手になるのか、他とは違う活動を続けて特異な存在になっていくのか、分岐点にいるようにも見えます。

どう進むかは周りのスタッフ次第とも思います。
私は後者を選んでいただきたいと思いますが、色々難しいこともあるでしょう。
ぜひその綺麗な声質と高い歌唱力で、怨念悲傷を歌にした新曲をぶっぱなしてもらいたいものです!
演歌という限界集落に人が溢れる原動力に期待をしております。

 

PROFILE


ヒャダイン

音楽クリエイター 本名:前山田 健一。
1980年大阪府生まれ。 3歳の時にピアノを始め、音楽キャリアをスタート。作詞・作曲・編曲を独学で身につける。 京都大学を卒業後2007年に本格的な音楽活動を開始。動画投稿サイトへ匿名のヒャダインとしてアップした楽曲が話題になり屈指の再生数とミリオン動画数を記録。
一方、本名での作家活動でも提供曲が2作連続でオリコンチャート1位を獲得。2010年にヒャダイン=前山田健一である事を公表。アイドル、J-POPからアニメソング、ゲーム音楽など多方面への楽曲提供を精力的に行い、自身もアーティスト、タレントとして活動。テレビ朝日系列「musicるTV」、フジテレビ系列「久保みねヒャダこじらせナイト」、BS朝日「サウナを愛でたい」が放送中。YouTube公式チャンネルでの対談コンテンツも好評。

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