角川博が70作目のシングル『恋泣きすずめ』をリリース 「お客さんに元気をあげて、お客さんから元気をもらう」
1976年のデビューから演歌歌謡界の第一線で活躍を続けてきた角川博が、70枚目のシングル『恋泣きすずめ』(作詞:瀬戸内かおる/作曲:岸本健介/編曲:南郷達也)をリリースした。「聴いてくださった皆さまの思いが正解」という聴き手の主観を大切にする姿勢を貫き、曲については自ら多くを語らないが、街でひとり男性を待つ女性のいじらしい女心を明るいメロディーで軽やかに歌う『恋泣きすずめ』は、まさに“女心の伝道師”と称される角川演歌の真骨頂。50年に迫ろうとする歌手人生で培ってきた歌に向き合う考え方や、昔から洋楽を愛聴しているというプライベートでの意外な音楽生活までを聞いた。
「つらいのよ」は辛そうに歌わない
――『恋泣きすずめ』もカップリングの『街ぼうけ』(作詞・曲:岸本健介 編曲:南郷達也)も、男性を待っているどこか可愛らしい女性の心情を描いた歌ですね。『恋泣きすずめ』は、サビで「つらいのよ」と繰り返されますが、角川さんの声はサラッとして、明るさも感じられました。
(1~3番)ぜんぶで9回「つらいのよ」って出てくるから。でも歌うときは、辛そうに歌わないでくださいね。人生そんなに簡単なもんじゃない。もっと複雑でしょ。楽しみながら辛さをこらえていく気持ちがないと、人生つまんないからね。歌い手って詞の内容に沿った表情をしがちだけど、しかめっ面して歌っちゃうと、ただ、それだけの歌になっちゃう。僕は市川昭介先生と出会ってから、「悲しみの歌は笑顔で歌う」と思って歌っていますから。
――歌い手が自己陶酔するのでなく、俯瞰の目線を徹底するということですね。男性として女心を歌われ続けてきたことも関係あるのでしょうか。
女心の歌を渡されるからね。それを歌わなきゃいけない(笑)。僕が女心を完全にわかるわけはないんだから。あまりわかったような顔をして歌いたくもないし。女心の歌を歌ってきたのは、声質だと思うんですよね。鳥羽一郎さんは、あの声質だから男歌や海の歌を歌っていますけど、ご本人は女心の歌を歌うことも好きですよ。一緒にカラオケに行ったときに聴かせてもらいますけど、なかなかいいですよ。僕も男歌を歌いますけど、声は出ても少し迫力に欠けるかな。合う、合わないが各々の歌い手さんにあると感じるんですよね。
――YouTubeでのミュージックビデオのコメント欄には、明らかに女性ファンの方々から角川さんの甘い声に魅了されたというようなコメントがたくさん見られます。辛い気持ちを明るめのトーンで歌うから、逆に女性に響くものがあるのでしょうか。
それがいちばんなんですよ、僕としては。歌っていうのは音色(おんしょく)なんです。「つらいのよ」の「つ」があまり暗い色(しょく)だと、もう聴き手に歌が入ってこない。冒頭の歌い出し「泣いちゃだめよと」の「な」もそうです。歌の頭がいちばん大事で、それで歌は決まってしまいますから。
岸本健介さんの曲の味付けは塩・こしょう
――『恋泣きすずめ』は、前作『大阪とおり雨』に続き、岸本先生の作品です。これまでそうそうたる作家の方とお仕事なさってきた角川さんにとって、岸本先生の曲をどのように捉えられていますか。
『恋泣きすずめ』は明るいメロディーで、いい楽曲だと思いました。岸本さんが作られる曲は、すごくカラオケで歌いたくなるタッチですね。小難しいことをしない良さというか。たとえば、料理を作るときに調味料をたくさん入れて複雑な味付けをするのではなく、塩・こしょうをパパっとふっていい味になるような。オーソドックスですよね。僕はそこからあまりこねないで歌っています。曲を作る人は、ご自身の気持ちをのっけて作ってこられると思うんです。すごくうれしかったのは、岸本さんが外から僕を見てくれて、ぜひ書きたいとおっしゃってくださったこと。それで『大阪とおり雨』ができて、『恋泣きすずめ』ができました。岸本さんの思いが入っているなということは、やっぱりわかります。僕自身は「こうしてほしい」など、自分の思いは曲に持ち込みませんが。
お気に入りの洋楽で得る安堵感
――クラブ歌手から転じてプロデビューされましたが、そもそも演歌歌手になろうとは思っていなかったとか。
最初は断ったんです。同郷・広島の西城秀樹さんが所属する事務所で、秀樹みたいな歌が歌えると騙されました(笑)。最初は演歌を歌わされるのがいやで、いやで。歌ったことがないんだもん。それまで歌ったことがある演歌っぽい曲といえば、クールファイブやロスプリモスみたいなグループのムード歌謡が限界点。デビューする前は、村田(英雄)の御大、三波(春夫)の御大の歌もよく知らなかったくらいでしたから、この業界に入って学びました。
――若い頃から演歌というよりポール・アンカやエルヴィス・プレスリーなど洋楽をお聴きになっていたそうですね。マライア・キャリーのような振りをつけて歌っていたら、細川たかしさんからたしなめられたというエピソードもあるそうですが、よく聴かれるミュージシャンは?
アメリカのボーカル・グループ、BOYZ Ⅱ MEN(ボーイズ・トゥ・メン)や、ジャズギタリストのラリー・カールトン、あとはマイケル・フランクスとかが大好きで。スマホにアルバムぜんぶ入っています。僕にとっては最高ですね。音楽配信サイトからダウンロードしています。
――ひとりの音楽好きとしては洋楽のポップスを愛好していると。
どっぷり演歌ではないところが僕にとってはいいんじゃないですか。洋楽を聴いているとすごく安堵感がありますね。ふだんから演歌を聴いていると、どうしても仕事みたいになっちゃいますから。物事を無理にするのではなく、自然体でいたいよね。
目で楽しんでもらうド派手なステージ衣装
――角川さんはCDジャケットやミュージックビデオなどではシックなスーツ姿ですが、ステージ衣装は一転、スマイリーフェイス柄や全面スパンコールなど、ド派手です。
僕の衣装を作っている会社の社長が面白いものを持ってくるんです。最初はリースしていたんですけど、サイズが合わないから手直しすると、縫子さんを雇わなきゃいけない。だったら作っちゃったほうがいいとなって。リースしていたときから派手で、演歌の人間が着るような衣装じゃない。でも、今では自慢じゃないけど、僕の衣装を真似している人は多いですよ。ステージで黒の衣装を着ても、「どこにいるんだ?」みたいになっちゃう。ステージで働く人間としては、やっぱり目で楽しんで、耳で楽しんでいただくのがいちばんかなと思ってね。
――デビューから50年近くたった今でも甘い声をキープされ続けていますが、ふだん心がけていることなどはあるのでしょうか。
毎日うがいですよ。家に帰ったら、一度うがいするだけ。あまり変わったことしてもしょうがないじゃない。何か特別なことを始めて、声が出なくなったら……そのほうが怖い。
――そこも自然体なのですね。コロナ禍もあけて、イベントなど全国を飛び回られていますね。
まだあけていないですけどね。先日は指宿におじゃましましたけど、台風の被害に遭われた方たちも多くて。だから最初に「大変でしたね」とひと言って、明るくやりましたよ。精一杯明るくやったら、ついてきてくださいましたね、お客さん。
――表面的な言葉で変に励ますよりも、歌で楽しいと思ってもらいたいということですね。
歌い手にとってそれがいちばんじゃないですか。ただ、歌いに行くだけではなく、元気をあげに行っているわけだから。逆に元気をもらうときもあるし、持ちつ持たれつだよね。
お客さんが喜んでいることがいちばんの喜び
――長いキャリアのなかで、演歌・歌謡曲をとりまく環境も変わってきたと思われますが。
僕がデビューした頃は、多くの家庭に一家団らんの世界がまだ残っていて、おじいちゃんおばあちゃんと孫が好きな歌手や流行りの歌について一緒に話すことができたけど、そのような状況はもうないわけだから。演歌の歌い手たちが目指す方向が見えにくくなってきている状況だとは思います。僕ら歌い手が、皆さんがカラオケを楽しむ際のただの見本でしかない存在になっちゃってはダメだと思うし、プロとしての誇りもある。どうすればいいか……模索中かな。
――角川さんにとって歌手としての喜びはなんでしょう?
そりゃお客さんが喜んでいることが、いちばんの喜びですよ。優等生的な答えで言っているのではなく、やっぱり歌を歌って、お客さんが「ワッ、始まった。ウワーッ!」と言ってくださっているのを見るのが。「角川博が面白い、楽しい」って。
――「うたびと」読者にメッセージをお願いします。
歌はあとに残るものですから、いい歌を歌い、残していきたい。皆さんも頑張って歌ってください。僕も歌いますから!
角川博『恋泣きすずめ』ミュージックビデオ
角川博『恋泣きすずめ』
発売中
品番:KICM-31144
価格:¥1,500(税抜価格 ¥1,364)
【収録曲】
1. 恋泣きすずめ (作詩:瀬戸内かおる/作曲:岸本健介/編曲:南郷達也)
2. 街ぼうけ (作詩:岸本健介 作曲:岸本健介 編曲:南郷達也)
3. 恋泣きすずめ [オリジナルカラオケ]
4. 恋泣きすずめ [一般用カラオケ半音下げ]
5. 街ぼうけ [オリジナルカラオケ]
6. 街ぼうけ [一般用カラオケ半音下げ]