編曲家とは、そして萩田光雄先生の凄さとは~ヒャダインの歌謡曲のススメ#5

2020.12.15

歌手としての活動だけでなく、前山田健一名義では、ももいろクローバー、AKB48といったアイドルから、SMAP、郷ひろみなどのビッグアーティスト、さらに、はやぶさへアニソンを楽曲提供するなど、ジャンルに一切とらわれない幅広い音楽活動を展開するヒャダイン。

そんな彼が心から愛する歌謡曲の魅力を徹底考察する連載。
第5回目のテーマは「編曲家・萩田光雄先生です。


「編曲家」が担う役割とは

編曲、と聞いてその作業内容をご存知の方がどれくらいいるだろう、とよく考えます。
よく言われるのが「編曲って曲を変えることですよね?」と。「変曲(ヘンキョク)」といったところでしょうか。
大きく言ったら確かに曲を変えることではありますが、さすがにそれは乱暴なので、是非きちんと知っていただきたい編曲の世界。

まず「編曲」は、英語で言うと「アレンジ、アレンジメント」
作詞が歌詞を書くこと、作曲がメロディーを書くことを指します。
編曲は作曲家がつけたメロディに伴奏をつける作業です。
ドラムやベース、ピアノやギター。コーラスやイントロのフレーズまでも作るのが編曲家です。
そう。
世の中の全ての音楽は編曲されているのです(アカペラ以外ですが)。

どんなにいいメロディだったとしても、編曲がダメだったら台無しになりますし、だからといって常にゴージャスな編曲だったらいいか、と言われたらそれもダメで、時にはピアノとボーカルだけ、といった編曲が最適な時だってあります。
当然音質も重要で、どんなに素晴らしい編曲をしても、それを演奏するミュージシャンがガタガタだと台無しですし、最近で言えばDTM(打ち込み)というコンピューターで表現する編曲も音質がチープだと台無しになってしまうこともあります。

これで気づいていただけたでしょうか?!
編曲家は、作詞家・作曲家と並ぶほど重要な役割なのです!

昭和歌謡のレジェント編曲家・萩田光雄

昨今では自分を含め作曲家が編曲も手掛けることが多いですが、昔は役割分担がはっきりしていて、作曲家が書いた譜面が送られてきた編曲家が、楽器の譜面を書いてスタジオに入りレコーディング、という形が多かったようです。(もちろん作曲家が兼任することもあります)

そんな昭和の名編曲家の中から今回はレジェンド編曲家として萩田光雄さんをご紹介させてください。
編曲家は作詞家・作曲家に比べて名前が知られにくいので、もしかしたらその名前を知らない方もいらっしゃるかもしれません。

「太田裕美/木綿のハンカチーフ」
「あみん/待つわ」
「山口百恵/イミテイション・ゴールド」
「久保田早紀/異邦人」
「中森明菜/少女A」・・・

これらは萩田先生の膨大な作品のほんの一部です。凄いでしょう・・・。
誰しもが聞いたことがある曲を彩っていたのが萩田先生なんですね。

作曲家の意図を巧みに汲み上げる妙技

称賛する言葉がいくつあっても足りないくらいなのですが、文字数もあるので数点に絞らせていただきます。

まず「作曲家の意図を汲む巧みさ」。これは触れざるを得ません。

山口百恵さんの「横須賀ストーリー」は宇崎竜童さんの作曲した名曲です。
宇崎さんがギターをかき鳴らしながら歌ったデモテープを聴き、“その熱量に圧倒されて編曲も熱が入った”と萩田先生の言葉がありますが、宇崎さんのハスキーな声と歪んだギター(多分歪んでる)で奏でられるデモテープはとてもアクが強いものだったと想像されます。
ロックンロール全開のデモを“女性ボーカル・アイドル・ヒットチャート楽曲”に仕上げるというのは、アレンジャーにとって腕が鳴る作業ではあったと思います。
作曲家のロックンロールを消すことなく、山口百恵さんというこれまたアクの強い女性ボーカル曲になじませていくという、ある意味無理難題のような作業を萩田先生は華麗に仕上げるんだから本当に凄い。
具体的にはギターの粗暴さを感じるフレージングは残しつつ、ストリングスや女性コーラスによって華やかさやポップさを見事に表現されています。
さらに言うと、山口百恵さんのボーカルが中音域がよく響くことを理解されており、伴奏が同じ帯域にかぶらないようにストリングスのフレーズも高めのポジションですし、楽器が少なくなるAメロなどでは、あえてボーカルと喧嘩をするがごとく、親しい帯域のサックスやギターを大きめに出しカウンターメロディとしています。
これは横須賀ストーリーの歌詞の世界観、“不和の男女の関係”をまるで表現しているようにも感じます。宇崎竜童さんの描くロックな世界に見事に補助線を引いている作品だと思います。

筒美京平作品をブーストさせるストリングス

次に触れたいのは「耽美的なストリングス」
先程の横須賀ストーリーもストリングスの美しさでググっとポップスに昇華させていましたが、萩田先生楽曲のストリングスは本当に美しい。耽美的という言葉がぴったりです。ちなみにストリングスはバイオリンやチェロなどの弦楽器を指します。

例えば太田裕美さんの「雨だれ」
ピアノを弾きながら歌う太田裕美さんのデビュー曲です。ピアノ弾きの曲、ということでショパンのようなクラシックなフレーズが印象的な筒美京平さん作曲の名作ですが、これが永遠に咲く薔薇の花のように美しい編曲です。
まっすぐで純水のような太田さん美しい歌声、特にファルセットの帯域を邪魔しないように、だけどゴージャスなストリングスは見事としか言えません。
サビは特にすごいです。歌よりもボリュームが大きいストリングスがドカーンと入るのですがうるさいとは全くに感じずにひたすら楽曲の美しさ、切なさを演出します。

 


久保田早紀さんの「異邦人」もストリングスが耽美的で美しい。
この曲はオリエンタルな部分がフィーチャーされがちですが、このイントロのストリングスの美しい音色が「勝因」の一つだと考えます。サビもボーカルとは違うカウンターメロディを奏でるのですが全然邪魔にならない。それどころかひたすら美しい!そしてストリングスの音量も大きくなったり小さくなったり。ここらへんのミキシングの感覚も天才的だと思っています。
この曲も筒美京平先生の作品ですが、筒美先生の天才的なメロディ、そして構成におじけることなく更にブーストさせていく萩田先生も間違いなく天才であると感じています。

ポップスに取り込まれたロックテイスト

更に「ロックテイストを歌謡曲に取り入れた」というのも萩田先生の功績の一つではないでしょうか。
山口百恵さん、中森明菜さんの作品群は特にそのロックテイストが感じられます。
イントロの唸るようなギターのフレーズ、Aメロのカッティングギター、全力で吹いているブラスなど、洋楽ロックから直輸入したような大胆さ、だけど歌謡曲のわびさびは尊重しているそんなバランス感覚が素晴らしいです。
今でこそJ-POPにロックテイストが入っているのが当たり前ですが、その土壌を耕した一人が萩田先生と言えると思います。

そんなベテラン編曲家・萩田光雄さんですが、いまだに現役として活動されています。
時代の流れが一番影響されやすい編曲界で生き生きと活動されていることに最大限の敬意を払うとともに、自分も頑張らねばならないなあと身が引き締まります。
まずは「萩田的耽美ストリングス」を完コピできるようにがんばります!!!

PROFILE


ヒャダイン

音楽クリエイター 本名:前山田 健一。
1980年大阪府生まれ。 3歳の時にピアノを始め、音楽キャリアをスタート。作詞・作曲・編曲を独学で身につける。 京都大学を卒業後2007年に本格的な音楽活動を開始。動画投稿サイトへ匿名のヒャダインとしてアップした楽曲が話題になり屈指の再生数とミリオン動画数を記録。
一方、本名での作家活動でも提供曲が2作連続でオリコンチャート1位を獲得。2010年にヒャダイン=前山田健一である事を公表。アイドル、J-POPからアニメソング、ゲーム音楽など多方面への楽曲提供を精力的に行い、自身もアーティスト、タレントとして活動。テレビ朝日系列「musicるTV」、フジテレビ系列「久保みねヒャダこじらせナイト」、BS朝日「サウナを愛でたい」が放送中。YouTube公式チャンネルでの対談コンテンツも好評。

関連キーワード

この特集の別の記事を読む