こおり健太 女心を表現するために欠かせないのは人間観察。「スーツ姿の男女を見かけると、この二人の関係はもしかして…なんて想像してしまいます(笑)」
デビュー14年目を迎えたこおり健太の新曲『忘れ針』は、オリコンランキングで最高12位とスマッシュヒットを記録した前作に続き、詞・木下龍太郎、曲・大谷明裕による王道演歌。木下が独特な世界観で紡いだ切ない女心を、“おんな唄”の名手が繊細に歌い上げている。「これまでになく、歌い込むほどにドラマが広がっていく」と語るこおり健太に、新曲に挑む思い、自作曲に込めた父親へのメッセージから、かけがえのないパートナーと暮らすプライベート生活まで、たっぷり語ってもらった。
――前作の『乗換駅』は’08年に亡くなられた木下龍太郎先生の遺作ということでしたが、今回再び木下先生の作品を歌うことになった経緯を教えてください。
『乗換駅』以外に木下先生が生前、(大谷)明裕先生に託された作品が実はもう1曲あったんです。それが『忘れ針』で、明裕先生が「この曲の世界を歌える歌い手はこおり健太だろう」とおっしゃってくださって、新曲としてリリースすることになりました。今回またお二人の曲を歌えることになって、すごく光栄なことだと思っています。
――「忘れ針」は、木下先生が作られたオリジナルの言葉だと思いますが、最初に歌詞を読んだときの感想はいかがでしたか。
まず、タイトルが目に飛び込んできて、「エッ!?」って思いました。これまで僕が歌ってきた曲のタイトルには、例えば『恋瀬川』とか『冬椿』とか、どちらかというとキレイな言葉が使われていて、タイトルを見るだけで曲の世界をイメージできることが多かった。それが今回「針」という文字が使われていて、見た瞬間にこの後どう世界が広がっていくのかまったく想像できませんでした。その後、曲を聴いてもタイトルで頭がいっぱいになってしまっていて、この歌の持つ世界観をうまく描けなかったといのが正直なところです。
――前作は「駅」というドラマを想像できる舞台設定がありましたが、今回はこれといった舞台装置がありません。歌の世界を表現するのには難しい曲だと思います。
実は、レコーディングが終わった今になっても、自分の中で定まったストーリーを描けていません。歌詞を読み込むほどに木下先生の作家としての力を感じて、先生がどこまで思って書かれた詞なのか、はかりかねているんです。ただ、間違いなくおんな唄ですし、これまで僕が歌ってきた世界の続きにある曲なので、歌い込むほどに自分の中でドラマが広がってくるようで、これからが楽しみな曲だとも思っています。
――歌詞自体は一見シンプルに見えますが、実は奥が深そうな曲ですね。
「襟元あたりがちくりと痛い」という歌詞がありますが、このちくりは、愛した男性を思い出したときに胸がキュッとする痛みなのか、それとも男性の髭がちくりと痛かったことを思い出しているのか。また紬という言葉も出てきますが、調べてみたら紬はデコボコしていて、光沢のない生地なんです。その紬の特徴をふたりの関係性に重ねて、デコボコしていてかみ合わない、また二人の行く末には光が見えないことを象徴するために紬という言葉をはめたのか――そんなことまで連想してしまう詞です。言葉の裏側にいろんなものが隠されていて、僕の中で未だに完成したストーリーが描けないといのはそういう理由からです。
――これまでいろいろな女性を歌ってこられましたが、女心を表現するために日ごろからこおりさんなりに気を付けていることはありますか。
人間観察が好きなので、よく人を見るようにしています。最近はビジネススーツ姿の男女が、夜並んで歩いていたりするとすごく気になります(笑)。この2人は付き合う前なのか、もしくはどちらかに家庭があるのかとか、あ、これは間違いなく不倫だとか(笑)。最近では外で飲んでいる人も増えたので、街中でいろんな人を見る機会が増えましたね。
――数々の女性の気持ち歌ってこられたこおりさんが理想とする女性は、どんな人でしょうか。これまでの持ち歌でいうとどの曲の女性がお好きですか。
難しいですけど、あえて言えば『乗換駅』の女性でしょうか。あの曲のシチュエーションで言えば、状況的には男女どちらも寂しくてフィフティな立ち位置なはずなのですが、そういう中で女性の方が一歩下引いて男性を見送っている。今は女性も自立している方が多いですから、歌の世界のような古風な価値観を求めても現実的ではないかもしれませんが、僕はできたらそういう女性と巡り合いたいと思っています(笑)。
――『忘れ針』はスローテンポですし、テーマも重厚でカラオケファンが歌うのは難しそうですね。
この歌はオケのボリュームが厚いだけに、負けじとつい力を入れて歌いがちですが、それだと音の上下幅が広いこの曲は上手く歌いこなせないと思います。力まずに音の上がり下がりを楽しむつもりで軽く歌ってみてください。テーマが重いので、それだけで難しそうと構えてしまうところがあると思うのですが、歌の世界にどっぷりハマって歌うというより、歌をお芝居に見立てて楽しんで歌っていただければ。メロディも難しくありませんし、シンプルな曲だと思いますから。
――カップリングの『ふるさとの駅』はご自身で作詞作曲された曲です。歌詞を読んだときに、こおりさんの実体験がモチーフになっているのかなと思いました。
3年前に『恋瀬川』のカップリングに『約束の花』という自作の曲を入れたことがあって、これは母を題材にした曲でお客様にすごく喜んでいただいきました。その後、コロナ禍になって実家にもなかなか帰れなくなり、ちょうどその頃、父親が身体を壊したりもして、もう一度家族へのメッセージを残したいと思って作りました。僕は幼い頃から母といることが多くて、無口な父とはあまり話したことがなかったのですが、でもこの歳になるとやっぱり親は親だなと思うようになって、今回は父親を思って作りました。舞台は僕が歌手を目指して東京に出る日の故郷の駅です。
――お父様は、もう聴かれたのですか。
8月に札幌で開いたコンサートに両親が来ていて、そのステージで歌いました。父の感想は聞かなかったですが、一緒に会場に来ていた故郷の方々は、皆さん父のことを知っているだけに泣いてしまったとおっしゃっていました。僕としては、父へのメッセージとして、なかなか面と向かって言えない「ありがとう」の気持ちを込めたつもりです。
――ところで、こおりさんもコロナ禍でお家時間が増えたと思いますが、この間、どう過ごしていましたか。
ほとんど家にいました。インドア派なので家にいるのは平気なんです。ただ、テンションを下げないようにと思って、YouTubeの生配信を定期的に入れていました。これまでは全国を回って握手会やサイン会でファンの方と触れ合う機会があったのですが、それも出来なくなってしまったので、お客様と気持ちをつなぐ場になればと思いまして。
――YouTubeでは歌あり、おしゃべりありで楽しそうですね。
以前からラジオ番組を持たせていただいているのですが、その延長版みたいな感じです。お客様の中にはYouTubeを見ることはできるけれど、チャットに書き込むことはできないという方もいらっしゃって、そういう方をおいてけぼりにしないように、ファンクラブ宛に手紙やファックスでお便りを寄せてもらい、YouTubeの番組で読ませていただいたりもしています。皆さんご自分の名前を呼ばれると喜んでくださるので、1回に延べ2000件以上の書き込みがあったりするのですが、名前だけでもできるだけ読もうと頑張っています。
――インドア派とのことでしたが、最近何かハマっている趣味はありますか。
特にないのですが、飼っている犬といるのが楽しいです。トイプードルの男の子でもう2年半くらい一緒に暮らしています。名前は、ずんだ餅の「ずんだ」。可愛いですがべたべたした関係ではなくて、お互い程よい距離感を保っています。出かけるときはいつも一緒で、ラジオの収録のときなどは、お許しを得て、スタジオに放していますが、やってはいけないことはちゃんと理解していて吠えたり人を攻撃したりすることは全くないんですよ。いろんなことがよく分かっていて、僕はほぼ人間だと思っています(笑)。
――こおりさんにとって大事なパートナーなんですね。
小さい頃は食が細くて、何だったら食べてくれるかいろいろ試すなど大変なこともありましたが、特にコロナ禍で家にいる時間が長くなってからは、こいつがいてくれて本当に良かったと思っています。
――最後に新曲を心待ちにしているファンにメッセージをお願いします。
ここまで歌い重ねてきたおんな唄で、今回ほど迷いながら向き合っている作品はありません。その迷いを解くために、多くの方に聴いていただいてこの曲にどんな物語が込められているのか、皆様の表情を見ながら答えを探していこうと思っています。一日も早く、皆様の元で歌わせていただきたいと思っています。来年は15年周年を迎えますが、これからも一緒に歩んでいただけたらうれしく思います。
こおり健太『忘れ針』
2022年9月14日発売
品番:TKCA-91455
価格:¥1350(税抜¥1227)
【収録曲】
01. 忘れ針
02. ふるさとの駅
03. 忘れ針(オリジナル・カラオケ)
04. ふるさとの駅(オリジナル・カラオケ)
05. 忘れ針(2音上げカラオケ)
06. ふるさとの駅(2音上げカラオケ)