走 裕介が、地元・北海道を離れ東京で生きる孤独さを描いた『東京ひとり』を10月21日にリリース! 「田舎から出てきて、今まさに頑張っている人たちに、少しでも前向きになってもらえたら」

2026.10.21

2009年4月1日に『流氷の駅』でデビューし、今年、デビュー18年目を迎える走 裕介。北海道網走で生まれ育ち、高校卒業後は実家の農業や漁師などに従事していた走だったが、1997年NHKBS「日本縦断カラオケ道場」で優勝したことをきっかけに、船村徹に弟子入り。足掛け10 年の内弟子修行を経て、デビュー以来着実に実績を重ねてきた。23枚目のニューシングルとなある『東京ひとり』は、地元北海道を離れ東京で直向きに生きていこうとする人間の孤独さを描いた歌謡作品。まさに走の等身大を描き出した今作に込めた思いや、師匠 船村徹への想い、そして故郷北海道についてやプライベートでの過ごし方など、たっぷりと語ってもらった。


――まずは新曲『東京ひとり』を初めて聴いた時の率直な感想をお聞かせください。

雰囲気が、懐かしいというか、昭和な感じがしました。

――『東京ひとり』は、北海道を離れ東京で懸命に生きる人の孤独を描いた作品ということで、走さんご自身も「自分自身を重ねたような楽曲」と語られています。歌詞の中でご自身と重なる部分はありますか。

重なる部分は「夢を追う」ところですね。歌手になる夢を抱いて、私は北海道網走を出て、師匠船村徹先生の弟子にしていただきました。色んな苦難がありましたが、10年の歳月が過ぎて行き、まず一つの夢、歌手になることが出来て、そこから今18年がたち、第2の夢、ヒット曲を出す事に邁進しているところです。

――では、この作品に込めた特別な思いについてお聞かせください。

長渕剛さんの『とんぼ』の歌詞じゃないですが、私は北から東京を見ていました。とてつもなく、本当に、死にたいくらいの憧れでしたし、遠くから見ている時は、花の都なんですよね。しかし、憧れているのと、実際にこのコンクリートジャングルで生きていくという事は、田舎育ちの私なんかには、物凄く大変なことで。そんな私と同じように、田舎から出てきて、今まさに、頑張っている人たちに、この曲を通して、少しでも前向きになってもらえたらと言う思いを込めて、唄ってます。

――「北海健児」という言葉も印象的に登場しますが、北海道出身の走さんだからこそ表現できる魅力や「我こそは北海健児」と思うエピソードがあれば教えてください。

故郷 網走でも、ちゃんと街に行けば、スーパーもコンビニも、居酒屋もチェーン店も、回転ずし、焼肉、ラーメン屋など色々とあるんですが、私が育った地域は、街から約10キロほど山に入ったところに位置しておりまして、本当に何にもない田舎なのです。街灯も無い、公共交通機関も無い、自動販売機も無い、もちろんコンビニも無い、あるのは大自然だけ。だからか、無いんだったら仕方ないよね~と、けっこう性格的には前向き思考です。そんな感覚が、私の「北海健児」かなと思います。

――レコーディングの際はどんなことを意識されましたか。

とにかく、歯切れの良さ、べったりとしないように唄いました。

――歌唱する上で、お気に入りのフレーズがあれば教えてください。

やはり、「北海健児」ですかね。何だか覚悟が決まった感じがします。1995年7月5日、私が、船村徹先生に弟子入りした日なんですが、その日の覚悟を思い出させます。「デビューしなければ何があっても絶対に故郷に帰ることはできない。だからデビューするぞ」という覚悟でした。

――カラオケで歌うファンの皆さんへのアドバイスをお願いします。

リズムにしっかりと乗っていただき、歯切れよく唄ってください。そこからは、皆様の味付けをして、楽しんでほしいです。

――『流行歌(はやりうた)が懐かしい』はどのような魅力を持った楽曲でしょうか。初めて聴いた時の印象を教えてください。

これは、アレンジがそうだからかもしれませんが、島倉千代子さんの『人生いろいろ』に似た懐かしさを感じました。

――「流行歌」をテーマにした作品ですが、走さんご自身が影響を受けた思い出の一曲や、大切にしている曲はありますか。

影響を受けた曲はたくさんあり過ぎて書ききれないのですが、弟子時代によく、鳥羽一郎先輩の『祭り唄』、船村徹先生の『故郷の山が見える』は、船村先生のステージで唄わせていただいた大切な曲です。『故郷の山が見える』はレコーディングして、作品となっております。

内弟子時代 船村徹と「演歌巡礼」のステージにて

――この曲を歌うことで改めて感じた「演歌・歌謡曲の魅力」があれば教えてください。

そんなにたくさんの言葉を並べてはいないですが、その行間や、メロディー、アレンジから出てくる懐かしい温かさを感じます。それらが、演歌・歌謡曲の魅力かと思います。

――美幌健さんの『おいらの船は300とん』を新たにカバーされていますが、歌唱にあたり意識したことや難しかった点があれば教えてください。

私も地元にいた頃は、ホタテの稚貝上げの仕事で、漁船に乗ってオホーツク海で操業していたことがあるので、ちょこっとだけ漁師でもありました。のっていた漁船は300トンはないですが、漁師は体力的にとても厳しい仕事でしたし、誤った事をすると、そのまま命をすぐに落としてしまうほどの危険な仕事でもありました。この曲自体は、とても明るい感じの作りになってはおりますが、海の上では壮絶な厳しさがあるんだよと、気持ち的に意識して唄いました。好きな曲でしたので、波に乗る感じでレコーディングはすんなりと出来ました。

――カバー曲を歌う際には、オリジナルへのリスペクトとご自身らしさをどのように表現されていますか。

オリジナルのベースが素晴らしいので、唄いまわしなどは少しオリジナルに寄ってしまいます。でも、自分の色も出したいので、少しはオリジナリティーを感じられる部分を入れたりします。

――2009年のデビューから18年目を迎えられました。これまでの活動を振り返って、「あの出来事があったから今の自分がある」と思える転機やターニングポイントを教えてください。

18年本当にいろんなことがありました。やはり、師匠からいただいた、大切なデビュー曲『流氷の駅』があるから、今があるのだと思います。その曲が無ければ、今の自分は無いと思います。そして、一番つらかった出来事が師匠がお亡くなりになったことです。本当にショックでとてもつらい出来事でした。

――船村徹先生の内弟子修行10年を経てのデビュー。努力を重ね続けた原動力は何だったのでしょうか。

師匠との信頼関係ですかね。弟子にしていただいて4年目くらいから、付き人になったのですが、北海道から九州まで、私が運転する車で現場に向かいます。または、新幹線などの電車やフェリーで移動、その際も、必ずすぐ隣におりますから、365日毎日顔を合わすわけです。叱られることも多かったですが、基本的に優しさにあふれた師匠でしたので、その師匠と一緒にいられるという事が、原動力だったと思います。そう思えなかったら、今は無いと思います。

――デビュー当時のご自身と比べて、歌手として変化したと感じる部分はどこでしょうか。

やはり、場数を踏むという事はそういう事か、と感じさせられているのです。どのステージでも緊張はするのですが、その緊張の中に、楽しいという気持ちが年月が過ぎるごとに、どんどんと膨らんで来ているように感じております。

2009年3月23日デビュー発表会にて

――走さんご自身が考える「走 裕介らしさ」とはどのようなものですか。

昭和で地味で泥臭くも、師匠 船村徹先生の「歌は心で歌うもの」という言葉を胸に、演歌・歌謡曲はもちろんの事、ジャンルを超えた楽曲も、北の大地を感じさせるスケールでの歌唱でしょうか?ちょっと、良く言い過ぎですかね~(笑)

――北海道網走市ご出身ですが、故郷は走さんにとってどのような存在でしょうか。

昔、その場にいた頃は何にも感じておりませんでしたが、こうやって離れてみると、故郷は良い所だなとしみじみ思います。そして、ありがたいことに、毎年数回お仕事をいただいて、地元網走で唄わせていただいておりますが、そのたびに、自分の心の栄養が満タンになるような存在です。

――北海道で生まれ育った経歴が、現在の歌手活動に活かされていると感じることはありますか。

広々とした大地や大空、はたまた海に育てられたからかはわかりませんが、何事がおきても、細かいことを必要以上に気にせず乗り越えて行けるところですかね。

――故郷へ帰ると必ず食べたくなるものや訪れたくなる場所はありますか。

ジンギスカンや寿司、ラーメンですかね。

――お忙しい毎日かと思いますが、最近ハマっていることはありますか。

ドラマ「VIVANT」シーズン1を、シーズン2が始まる数週間前に一気見して、ドはまり!熱が冷めないうちに2を見てるからか、私は面白かったです。それから、「ちいかわ」にもハマっております。

――休日はどのように過ごすことが多いのでしょうか。

映画やドラマ、YouTubeなどの動画を観たり、楽器、唄の練習、自分のチャンネルの動画やラジオの収録、それらの編集作業をしております。それらに疲れたら、ぼ~っとしながら創作活動。それから大事な家事。

――リフレッシュ方法や気分転換のためにしていることを教えてください。

お風呂、サウナ。うちにいる時は、夏や暑い時は回数が減りますが、湯舟につかりながら、携帯電話をジップロックに入れて1時間くらいのドラマを見る事です。冬は、毎日です。仕事で出ている時は、そのホテルのお風呂や大浴場、温泉があるとほとんど入り浸っておりますし、2回公演の場合などは、1回目と2回目の休憩の間に入ったりすることもあります。それくらい、特に温泉は好きです。

――歌以外で「もっと極めたい」と思っている趣味や特技はありますか。

色々と楽器を弾くのですが、特に、ピアノ。47才くらいから始めたので、中々うまくならないんです。自宅にいる時は、なるべく毎日弾くようにしてはいるのですが、これが難しいんです。極めるなんておこがましいので、もう少しうまくなりたいです。

――ファンの皆さんからは見えない意外な一面があれば教えてください。

特に最近ですが、めちゃくちゃ涙もろいです。何でもないような動画やドラマを観たり、ラジオや話を聞いていると、感極まって涙があふれ出てしょうがないんです。昔はこんなこと無かったのに~。50を過ぎると、そうなって来るんでしょうかね?感性が豊かになったのか?でも、ステージでは涙は禁物なんです。何故なら、一発で鼻声になってしまうからです。

――デビュー20周年も視野に入ってくる時期ですが、今後挑戦したいことや目標をお聞かせください。

とにかく、命がある限り、永い事唄っていたいです。その過程で紅白歌合戦に出ることです。

――これから歌手として目指していきたい姿はありますか。

師匠も、命がある限り味わい深い唄を唄っておりましたので、私もそのたたずまいを目指しつつ、デビュー当時に師匠から言われた言葉で、「そんなに売れなくてもいいから、永く唄ってゆける歌手になってほしい」の言葉を胸に、そのためには、ヒット曲が必要なので、ヒット曲を出したいです。

――全国で応援しているファンの皆さんへ届けたい思い、メッセージをお願いします。

全国で応援してくださるみなさまのおかげで、今もこの歌謡界で生かしていただいております。本当にありがとうございます。私の唄で、少しでも楽しんでいただけるように頑張りますので、引き続きの応援をよろしくお願いいたします。そして、皆さんと一緒にいつかいい景色を見られるようにしたいです。

走 裕介『東京ひとり』

2026年10月21日(水)発売

品番:COCA-18344
価格:¥1,700(税込) (税抜¥1,545)

【収録曲】

1.東京ひとり (作詩:菅 麻貴子/作曲:幸斉たけし/編曲:石倉重信)
2.流行歌が懐かしい (作詩:朝陽昇子/作曲:神代 臣/編曲:石倉重信)
3.おいらの船は300 とん (作詩:石本美由起/作曲:上原げんと/編曲:甲斐靖文)
4.東京ひとり(オリジナル・カラオケ)
5.流行歌が懐かしい(オリジナル・カラオケ)
6.おいらの船は300 とん(オリジナル・カラオケ)
7.東京ひとり(半音下げカラオケ)
8.流行歌が懐かしい(半音下げカラオケ)
9.おいらの船は300 とん(半音下げカラオケ)

<あわせて読みたい>

走 裕介、待望の新曲『東京ひとり』10月発売決定! ジャケット写真と孤独感を表現したニュービジュアル公開、本人コメント到着

関連キーワード