シャンソン歌手・佐々木秀実 被爆復興を願う幻の古関メロディ『歌謡ひろしま』への想いとシャンソンの”本当”の魅力

2020.9.18

シャンソン歌手・佐々木秀実が自身初のシャンソンのベストアルバム『佐々木秀実 シャンソン・ベスト』(日本コロムビア)をリリースした。これまで自身がレコーディングしてきた音源や、貴重なライブ音源の中から、シャンソンの名歌唱を中心に厳選。さらには、今NHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルとして注目を集めている昭和の大作曲家・古関裕而が、被爆した広島の復興を願って作った『歌謡ひろしま』も収められた。

自分が一リスナーとしてCDを買ったとき楽しめるアルバムに

17歳のとき日本シャンソンコンクール東京大会で最年少入賞を果たし、ライブハウスで歌い始めた佐々木秀実。2002年にCDデビューしてからでも、シャンソン歌手として18年のキャリアを誇る。満を持してのシャンソンのベストアルバムはどういうコンセプトで作られたのだろう。

17(歳)でライブハウスデビューして、いろんな歌を歌ってきました。その中で佐々木秀実とは何者か、皆様に分かりやすいように“シャンソン歌手”という肩書でずっとやってきたわけですが、振り返ってみると、そういえばシャンソンのベストアルバムって出してないってことに気づいたんです(笑)。で、どういうアルバムにしようか考えた末、初心者の方にも、シャンソンってこういうものって分かってもらえるアルバムしようと思って、収録曲には『ラストダンスは私に』とか『愛の讃歌』、『枯葉』、『ラ・ボエーム』といった名曲も選びました。もちろん、NHK朝ドラ『ちりとてちん』挿入歌にもなって、私のシャンソンの代名詞といってもいい『聞かせてよ愛の言葉を』も。音楽やってる人間って、とかく『こういうことをやってみたい』『もっとこうやれるんじゃないか』ってなりがちだけど、今、私はそういうタイミングじゃないって思ったんです。皆様にもっと佐々木秀実を知ってほしいし、シャンソンの魅力が伝わってほしい。だから、客観的になって自分が一リスナーとしてCDを買ったときに楽しめるものを作ろうと思ったんです

このアルバムの大きな話題は、1946年に古関裕而が、その前年に被爆した広島の復興を願って作曲した『歌謡ひろしま』が収録されていること。これまで一切、CD化されなかった“幻の名曲”だ。

最初はプロデューサーから古関先生の曲を歌わないかって勧められて、もちろん古関先生のこともお作りになった曲も知っていましたし、今、朝ドラで話題になっていることも分かっていました。でも私って頑固な人間で、話題になっているからみたいな、ムードだけで先生の曲を歌うのは嫌だったんです。だから資料をいただいて、広島の新聞社が被爆一年を前に歌詞を公募して、それに先生が曲を付けたことなど、まず自分なりに曲のなりたちを理解しました。それから原爆資料館にある地元の方がアカペラで歌ったワンコーラスの音源も聴かせていただいて、自分なりの解釈もできたので歌わせていただこうということになりました

 

古関裕而は自伝「鐘より鳴り響け」の中で、『露営の歌』が大ヒットした後、従軍音楽隊として訪れた中国で兵士を前に「~多くの兵士の顔を見た時、その一人一人の肉親が、無事に帰ることを祈っており、はたしてその中の何人が?と思うと、万感が胸に迫り~」絶句して挨拶ができなかったことを明かしているが、佐々木もそのエピソードに触れ、

先生は戦時中、そういう時代だったとはいえ、多くの軍国歌謡といわれる作品も書かれました。戦後、『自分が作った歌に送られて戦地に赴き、帰ってこれなかった人もたくさんいた』ことを思って、償いのレクイエムのつもりで『歌謡ひろしま』をお書かきになられたのでは――そう解釈してぜひ歌わせていただきたいと申し上げたんです

 

さらにCDのライナーノーツのプロローグの中で、

~古関先生は、『応援』『復興』の歌を沢山書かれました。勿論、時代は違いますが、様々なことが起こるこの時代に、私は古関先生のメロディで、今こそ『復興』の魂をシャンソンにのせて歌いたい~」とも述べ、レコーディングの過程を経て、「『歌謡ひろしま』が私の血肉となった」今、より前向きな意味合いをこの曲の中に見出してもいる。

衝撃を受けたエディット・ピアフの激しい歌と波乱万丈な人生

13歳のとき初めてシャンソンに触れ、以来、シャンソンを人生の“相棒”として歩んできた佐々木。その出会いは衝撃的だったと話す。

13歳のときに声帯の脇に腫瘍ができてしまって、手術のために1年間、施設にいまして。その年の12月25日、明日いよいよ手術という日に母が何を思ったか、エディット・ピアフのベストアルバムと自伝をクリスマスプレゼントに持ってきてくれたんです。初めて『愛の讃歌』を聴いたときに、なんていうのか命を丸ごと投げ捨てるような激しい表現に衝撃を受けました。それから自伝を読んで、彼女の波乱万丈な人生に比べたら、明日、手術で声が出なくなっても、命まで取られるわけじゃない、大したことないって思えたんです。そのとき『ああ、もし無事に病気が治ったら、彼女のような歌がうたいたい』って切実に思いました。それがシャンソンとの出会いです

17歳で新宿のシャンソニエ「シャンパーニュ」に出演、以来、プロのシャンソン歌手として活動を続け、高校卒業後にはパリに留学もした。

パリでは、音楽家だけじゃなく、役者や詩人や画家、中には何してるかわからない怪しい人も集う、モンマルトルのカフェに毎晩、入り浸っていました。人種も国籍もバラバラで、『君はなぜ母国の音楽でもないシャンソンを歌おうとしているのか』なんて議論を吹っ掛けられたり。夜中になるとみんなで古いシャンソンの大合唱が始まって、あそこには確かにシャンソンがあったと思う。ああいう空間に身を置いたことが今の私の歌の血肉になっているんじゃないでしょうか

 

しかし、門外漢には今ひとつシャンソンとはどんな音楽なのかが分からない。

シャンソンは音楽のジャンルじゃないんです。基本的にはフランスで作られた曲で、日本では1930年から60年代のものをシャンソンって呼ぶことが多いですね。でも私にとっては、メロディに詞をのせて歌になったときに、それを聴いてくださる方の心の中で、まるで短編小説を読んでいるかのようにそのドラマやメッセージが想像できたら、それこそがシャンソン。だからフランス以外で作られた曲も私にとってはシャンソンなんです

 

それでも首を傾げるこちらに、

日本のフォークソングと近い感じかな。岡林信康さんとか、高田渡さんとか。高田さんなんかあきらかにシャンソンを意識していますよね。さだ(まさし)さんもシャンソン気質だと思います。語りがちで、一本自分の中に軸をもっていて大人で――そういう人を私はシャンソン気質って呼ぶんです。フォークソングは四畳半のアパートを歌うけれど、シャンソンだってモンマルトルのアパルトマンを歌っていたりします。モンマルトルっていうとお洒落に聞こえるだけで同じです」と優しくレクチャーしてくれた。

それではと、初心者に向けてシャンソンの魅力をアピールしていただくと、

シャンソンには歌と演劇の両方の要素が入っています。日本人は想像力が豊かですから、シャンソンを聴きながらいろんなドラマを思い浮かべることができるはず。お洒落なおば様趣味なんて思わず、ドラマを楽しんでもらいたいですね。今はコロナでみんな我慢の時期ですが、悪いことばかりじゃないと思います。先日、リモートで歌ってみたら、ぜんぜんシャンソンに縁のなかった30~40代の方から、けっこうメッセージをいただいたんです。『引きこもり気味だったんですが、佐々木さんの歌を聴いて、ちょっと外に出てみようかと思いました』なんていうものもあってうれしかった。そういう方々がコロナが終わったときに、『私、最近シャンソンにはまってるんだ』とか『この間、佐々木秀実を聴きに行ってさ』なんてことで、シャンソンを聴くことが、ちょっとしたステータスになってくれたらいいなって思います

 

最後に、改めてベストアルバムのピーアールをと促すと、ダウンロードで音楽を購入する時代に、CDアルバムをリリースした意味を熱く語ってくれた。

今は、音楽もダウンロードの時代。CDが売れないことも承知しています。ただ、ダウンロードで1曲だけ購入するのと違って、アルバムは、なぜこの曲順なのか、なぜこの曲間をこれだけとったのかにまでこだわって作った一遍の“作品”です。歌い手の私だけじゃなく、関わったすべてのスタッフの力が一枚に凝縮された作品を、小説を買うようにどうぞ手に取っていただけたらと思います。できたら歌詞カードを見ながらじっくり聴いてみてください。きっと楽しんでいただけると思います!

佐々木秀実『シャンソン・ベスト』

COCP-41217
発売日:2020年8月26日
定価:¥3,000+税
発売元:日本コロムビア

 

収録内容

1.聞かせてよ愛の言葉を  PARLEZ-MOI D’AMOUR

作詩・作曲:Jean Lenoir/日本語詩:佐伯孝夫/編曲:美野春樹
シングル「愛と哀しみのバラード」(2016年)より

2.枯葉(New Vocal)  LES FEUILLES MORTES
作詩・作曲:Jacques Prevert – Joseph Kosma/日本語詩:岩谷時子/編曲:井上 鑑
アルバム「懺悔」(2002 / 2020年)より

3.まるでお芝居のように(New Vocal)  COMME AU THEATRE
作詩・作曲:Roland Arday/日本語詩:矢田部道一/編曲:美野春樹
アルバム「懺悔」(2002 / 2020年)より

4.さくらんぼの実る頃  LE TEMPS DES CERISES
作詩・作曲:Jean Baptiste Clement – Antoine Renard/日本語詩:高 英男/編曲:黒木千波留
アルバム「HIDEMI」(2007年)より

5.アコーディオン弾き  L’ACCORDEONISTE
作詩・作曲:Michel Emer/日本語詩:美輪明宏/編曲:黒木千波留
アルバム「HIDEMI」(2007年)より

6.再会  JE N’POURRAI JAMAIS T’OUBLIER
作詩・作曲:Patricia Carli – Emil Dimitrov/日本語詩:矢田部道一/編曲:羽岡 佳
シングル「夢物語」(2009年)より  Licensed by USM JAPAN, A UNIVERSAL MUSIC COMPANY

7.ラ・ボエーム  LA BOHEME
作詩・作曲:Jacques Plante – Charles Aznavour/日本語詩:なかにし 礼/編曲:美野春樹
アルバム「美しき愛のうた」(2014年)より

8.哀しみのソレアード  SOLEADO
作詩・作曲:Alberto Salerno – Francesco Specchia – Maurizio Seymandi – Dario Baldan Bembo –Ciro Dammicco/日本語詩:山川啓介/編曲:美野春樹
アルバム「美しき愛のうた」(2014年)より

9.スカーフ*  L’ECHARPE
作詩・作曲:Maurice Fanon/日本語詩:金子由香利

10.群衆*  LA FOULE
作詩・作曲:Enrique Dizeo – Michel Rivgauche – Angel Cabral/日本語詩:美輪明宏

11.愛の讃歌*  HYMNE A L’AMOUR
作詩・作曲:Edith Piaf – Margueritte Monnot/日本語詩:岩谷時子

12.ラストダンスは私に*  SAVE THE LAST DANCE FOR ME
作詩・作曲:Doc Pomus – Mort Shuman/日本語詩:岩谷時子

~ろくでなし*  MAUVAIS GARCON
作詩・作曲:Salvatore Adamo – Oscar Saintal – Joseph Elie De Boeck/日本語詩:岩谷時子

*ライブ音源 : 2017年11月27日 東京・渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールにて収録
<ボーナス・トラック>
13.愛をありがとう
作詩:髙畠じゅん子/作曲:中川博之/編曲:石井為人
シングル「愛と哀しみのバラード」(2016年)より

14.あなたを愛さないために
作詩・作曲:加藤登紀子/編曲:美野春樹
シングル「焦がれ星」(2017年)より

15.一本の鉛筆
作詩:松山善三/作曲:佐藤 勝/編曲:北島直樹
アルバム「美しき日本のメロディ」(2012年)より

16.歌謡ひろしま(新録音)
作詩:山本紀代子/作曲:古関裕而/編曲:石田美智代

関連キーワード