演歌師・渥美二郎がニューアルバムで魅せたラテンの調べと演歌師魂
東京・足立区千住で生まれ、16歳から“流し”として活動、その後歌謡界にデビューした渥美二郎。プロの歌手として確固たる地位を得た今、自らを演歌師と名乗るのは、流しを出発点に、独力で自らの歌の世界を紡いできた矜持があるからだ。2011年から5年間、その名も『演歌師』と題したアルバムをシリーズで5作リリース。その後、2019年に『新・演歌師』を、今回2年ぶりに『新・演歌師2~渥美二郎 弾き語りラテンメロディー コンガと共に』を発表した渥美二郎に、“歌”そして“演歌師”への熱い思いを聞いた。
最新作『演歌師2』は、演歌のみならず、ラテンのスタンダードナンバーから歌謡曲、ニューミュージック、J-POPまで幅広いジャンルの曲で楽しませてくれる。“演歌師”という言葉のニュアンスと裏腹、演歌にこだわらない選曲の理由の底には、流しで培った歌に対する自信がにじむ。
「僕が流しに出たのは16歳の頃。3曲200円の時代でね。最初は5曲くらいしか持ち歌がなくて、「あの曲をやれ」って言われて、3曲くらい「できません」っていうと「いい加減にしろっ‼」ってよくお客さんから叱られました。なにせ千住のお客さんはガラがよかったですから(笑)。
でも、そこは下町のいいところで人情があったんでしょう。「じゃあ、何ができるんだ」って聞かれて、岡晴夫さんの『憧れのハワイ航路』とか、北島(三郎)さんの『ギター仁義』とか、そのあたりを5、6曲やると「お前、そんなんじゃダメだぞ。もっと頑張れ」って言いながら500円くらいくれるんです。初めて自分の歌を聴いてもらってお金を稼げたときには感動しましたね。それからは、歌詞を紙に書いた、あいうえお順のアンチョコをギターに挟んでとにかく歌を覚えました。流しは8年ほどやりましたが、最終的に歌詞を暗記して2コーラス歌えるようになった曲は1000曲以上になりました」
そんな“歌のデパート”渥美二郎の新作アルバムに収められたのは、『浪花夜景』、『霧の港町』のセルフカバー曲に加え、『酒は涙か溜息か』(藤山一郎)、『べサメ・ムーチョ』(ラテンスタンダード)、『その名はフジヤマ』(アントニオ古賀)、『シクラメンのかほり』(布施明)『異邦人』(久保田早紀)など全11曲。すべてラテン調にアレンジされている。意外な取り合わせだったのが、1978年にアリスが歌った『チャンピオン』だ。
「アルバムには、自分がいい曲だなあって思うもの、時代を超えて皆さんが喜んでくれそうなものを選びました。『チャンピオン』は以前から好きで、コンサートでは時々、歌っているんです。歌詞がよくて、“立ち上がれ!”って歌うところではメリメリと力が沸いてくる。でも、どんな職業でも同じでしょうけれど、いずれは若い人に席を譲らなければならない時が来る。チャンピオンだって負ける時が来て、最後はロッカールームでただの男に帰っていく。そのとき、もう戦わなくていいんだって思う。分かるんですよ、その気持ちが。僕は、平成元年に入院しました。末期癌だと医者から言われて、“もうダメなんだ”って思う反面、妙な安堵感があったんです。“ああ、もう発声練習しなくていいんだ”と思った。僕たち歌い手も毎日、毎日、次のステージのために発声練習して、声帯を整えて、体力つけてって、知らないうちに張りつめた気持ちで生活しているんですね。だから、入院した時のことを思うと、『チャンピオン』の歌詞にはすごく共感できる。多くの人にとって共感できるところがあったからヒットしたんだろうし、後世に残っていく曲だと思います」
歌手には、いい曲を歌い継いでいく使命もあると語る渥美。『演歌師』シリーズでさまざまな曲を歌いながら、埋もれた“いい歌”と偶然の出会いをすることもある。2019年にシングルカットされ、今回のアルバムにも収録されている『永遠鉄道』もそのひとつだ。
「岩渕まことさんというシンガー・ソングライターの方の曲なんですが、何かの折に聴いて、そうしたら何だかメロディーが頭から離れないんです。これは他の曲と違うぞと思って、岩渕さんのところに行って、“絶対、後世に残る曲だから僕にも歌わせてほしい”と、お願いしました。元気の出る曲なので、コロナで皆さんの心が沈んでいる今こそ聴いてほしいと思います。いろんな方に歌ってもらって、もっと皆さんに知っていただけたらと思っていたのですが、今では10人以上の歌手が歌ってくれています。やっぱりいい曲は残すことに意義がある。眠らせてしまってはもったいないですよ」
流しを皮切りに半世紀にわたって歌とともに生きてきた渥美。歌には人を癒し、元気にする力があると話す。
「僕自身、歌に励まされて、歌の力を感じながら生きてきました。やっぱり自分の好きなメロディーが流れてくると、それだけで元気になったり、落ち込んでいた気持ちが少しだけ明るくなったりすることはあると思うんです。例えばクラシック音楽でも、100年も200年も前から聴かれ続けている曲がありますよね。あれは、その音楽で癒されている人が、世界中にずーっといるからだと思うんです。クラシックでも、ポップスでも演歌でもジャンル関係なく音楽や歌は人を勇気づけたりなぐさめたりする力があると信じています」
「人仁(にんじん)の会」と題するチャリティーコンサートも主宰している。阪神淡路大震災が発生した1995年、被災者救援を目的として始まったもので、昨年はコロナで自粛したが、2019年で25回を数えた。ここでもまた、“歌の力”が、多くの人を助けている。
「ああいう大きな災害が起きて、自分に何ができるだろうかと考えたら、仲間を集めて歌を聴いてもらって、寄付金を送ることくらいしかできないなと思ったんです。でも最初は売名行為だなんて思われてしまわないかとか、いろいろ考えて躊躇もありました。そんなときたまたま新聞を読んでいたら、『電車の中で、立っているお年寄りに思いきって席を譲ったら、とても喜んでくれた。声をかけるのに勇気が必要だったけれど、誰かが喜んでくれるのなら、周りの目なんてちっぽけなこと、気にすることはない』と書いてあった。それを読んで、そうか、何と思われても、誰かの役に立つならやるべきだと思いました」
流しの親方だった父親。実家には常に30から40人の演歌師(流し)たちが寝泊まりしていた。彼らのギターと歌を聴きながら育ち、中学生のころには古賀メロディーを独学のギターですべて弾けたという渥美二郎。話を聞くほどに、爪の先まで髪の先まで“演歌師”だと感じる。
「昔、ソノシートっていうペラペラのレコード盤みたいなのがありましたよね。中学生のころは、それを買ってきてずっとコピーしていました。ギターは音を何度も聴いていると自然と弾けるようになるんです。『景を慕いて』なんてよく練習しました。歌手としてデビューした後、よく懐メロを歌う番組に出させていただきましたが、僕は懐メロは得意ですからね。古賀メロディーでも、春日八郎さんの『別れの一本杉』でも、身体に染み込んでいますから、自分の曲のように歌えます。新人のころはそれで、テレビに呼んでもらえたんだと思います。
『演歌師』のシリーズは、そんな風に育った僕が、一人で、ギター1本で歌った作品を残したいと考えて始めたものです。今回はラテン調で、コンガを入れた構成にしましたが、何かいいアイデアが浮かんだら、今後も出し続けていきたいと思っています。なにせ僕には“持ち歌”が1000曲ありますから。でも最近は若いころのようには覚えられなくなってきていますから、どうなるかわかりませんが(笑)」
そう笑わせながら、ファンには真剣な表情で、こうメッセージを残してくれた。
「まだコロナが続いています。とにかく健康に気を付けて毎日をお過ごしください。僕も気を付けながら、コロナが終わったときにお客様の前でいい歌をご披露できるように、日々、歌の勉強をしていきたいと思います。もう若くないので発声練習もキチンとやって、身体を鍛えて、生で僕の歌を聴いていただけるようになったとき、お客様に喜んでいただけるように頑張っていきます」
――演歌師・渥美二郎が“ロッカールーム”に帰る日はまだまだ先のようだ。
渥美二郎『新・演歌師2~渥美二郎弾き語りラテンメロディー コンガと共に~』
2021年4月7日発売
COCP-41422/¥2,750 (税込)
【収録曲】
- 酒は涙か溜息か(藤山一郎)
- 浪花夜景(セルフカバー)
- ある恋の物語(HISTORIA DE UN AMOR)(ラテンスタンダード)
- 霧の港町(セルフカバー)
- 再会(杉田二郎)
- 異邦人(久保田早紀)
- ベサメ・ムーチョ(Besame Mucho)(ラテンスタンダード)
- シクラメンのかほり(布施明)
- その名はフジヤマ(アントニオ古賀)
- チャンピオン(アリス)
- 永遠鉄道(2021年新リミックス) (岩渕まこと)
渥美二郎『新・演歌師 〜歌とギターとパーカッション〜』
2019年6月19日発売
COCP-40924/¥2,750 (税込)
- 釜山港へ帰れ
- 出船
- 波浮の港
- 君恋し
- コーヒー・ルンバ
- 許してください
- ワインレッドの心
- ルビーの指環
- 涙色のタンゴ
- 永遠鉄道
『新・演歌師 〜歌とギターとパーカッション〜』配信リンク:https://VA.lnk.to/UAS2h45l
渥美二郎『永遠鉄道』
2019年10月23日発売
COCA-17689/¥1,350 (税込)
【収録曲】
1.永遠鉄道(作詩・作曲:岩渕まこと/編曲:矢田部正
2.涙色のタンゴ(作詩:桜井幸介/作曲:千寿二郎/編曲:武井正信)
3.奥の細道(作詩・作曲:千寿二郎/編曲:武井正信)
4.永遠鉄道(オリジナル・カラオケ)
5.涙色のタンゴ(オリジナル・カラオケ)
6.奥の細道(オリジナル・カラオケ)
7.永遠鉄道(1音下げオリジナル・カラオケ)
8.永遠鉄道(2コーラスオリジナル・カラオケ)