角川博 デビュー46年目の新曲『四条河原町』を発表  「過去は振り返らず、目標も立てない。これからも 一日一日を精一杯、生きていくだけです」

2021.10.6

1976年のデビュー以来、40年以上を経てなお、歌謡界の第一線で活躍を続ける角川博
10月6日にリリースした新曲『四条河原町』は、デュエット曲も含め通算67枚目のシングル盤となる。京都一の盛り場を舞台に、切ない恋心を歌った“女心の伝道師”角川博の真骨頂と言える一曲だ。
そんな角川にコロナ禍で感じた歌への思い、歌手という仕事の魅力について存分に語ってもらった。

 

前々曲『博多川ブルース』、前曲『雨の香林坊』に続く、“水辺の盛り場 三部作”の集大成として発表された『四条河原町』。
恋する女性の心情が、女歌を得意とする角川の甘い声と相まって、聴き手の心に優しく伝わってくる。
曲について質問しようとすると、

 

僕は自分が歌う歌については説明しないんですよ。僕がこうだ、ああだと説明しちゃうとそれがすべてになってしまうから。歌は説明されて聴くものじゃなく、皆さん一人ひとりの主観、感覚で聴いていただければ、それがそれぞれ正解なんだと思っています。

 

それならばと、曲の世界を要約してみれば「これまで幾度となく恋を重ねてきた女性が京都・四条河原町で優しい男性に出会い、この人を信じて、もう一度幸せを追いかけてみようかと心が揺れる、切なくもかわいい女心を歌う曲」となる。
しかし、確かにこう説明されたとしてもこの曲の持つ情緒は伝わらない。サビ部分で感じる主人公の女性の恥じらいやかわいらしさは、一見、サラリと歌う角川の美声で聴いて初めて感じられるものだ。

 

この女性は数々の恋の経験がある。そういう背景があるから、サビの部分で“本当に私でいいんですか”と恋に憶病になっている、そういう女性の気持ちを歌い方や声に込めています。恋や失恋の経験のない女性だったら(あっけらかんと)“私でいいの―――?”みたいになっちゃうでしょ。
僕は歌うときに、いつも曲を俯瞰で見ることを大事にしています。歌に感情を込めてどっぷり入り込んでしまうと、聴き手は暑苦しくなってしまうだけ。この『四条河原町』でも、男と女の歌ですから、そこには気持ちの押し引きがある。引いてばかりじゃ逃げられてしまうし、押してばかりでもダメ。歌うときにその押し引きの頃合いを表現することが大事なんです。歌詞のニュアンスを感じて、どこで押して歌えばいいか、どこで引いて歌えばいいか俯瞰して見る。皆さんもカラオケで歌うときに歌詞をよく読んで、そのへんの機微を感じながら歌うといいと思います。

歌の押し引き――そんな微妙な表現を身につけたのは、デビュー前に広島や博多のクラブで歌っていた時代だったという。

 

たまたまいとこがクラブ歌手だったこともあって、店で歌うようになったのですが、クラブというところは、あくまでもお客さんはホステスさん目当てで来ているわけです。歌を聴きに来るわけじゃない。僕らの歌はBGMなんです。
だからお客さんとホステスさんの会話を邪魔しない、心地いい歌でなくてはいけない。歌い上げるような曲でも張って歌ってはダメで、少し引くんです。そういうきちっとした歌い方を覚えないとクラブ歌手は務まりません。
当時僕は好きな歌を歌えれば、それでよかった。なのでデビューなんてこれっぽっちも考えていませんでした。スカウトの話にもそっけなく対応したりしてね。なぜって、クラブ歌手は自由じゃないですか。デビューしたら、あれもダメ、これもダメって制約が多くなることくらい、そのころの僕でもわかっていましたからね。

 

クラブ歌手時代には、こんな意外なエピソードもある。

 

クラブ歌手のころは、歌謡曲系のシャンソンとか、そっち方面の歌を好んで歌っていて、演歌は歌っていませんでした。北島の親父さんの曲も、五木(ひろし)さんや森(進一)さんの曲も歌っていません。だから当時はこぶしを回すことが苦手でしたね。デビューしてからですよ、ディレクターがこぶしを回すような演歌チックな曲ばかり持ってくるので、これは商売として、こぶしを会得するしかないと思って。それから五木さんの股旅物を聴きまくって勉強しました。恥をかきたくないし、もうやるしかないという一心でしたね。

 

そんなクラブ歌手としての経験は、デビューした後にも生かされている。

 

コンサートなんかで、よく客席で大きな声でしゃべっているお客さんがいますけれど、聴いてもらおうと声を張ってガーンと歌うとどうなるか。そのお客さんはもっと大きな声で話し出しますよ。でもそこで、クッと引いて歌うとおしゃべりを止めて聴いてくれます。お客さんの耳に自然に入ってくる心地いい歌い方があるんですね。そのあたりの加減を見つけられるのがプロの歌い手なんだと思います。

コンサートの中止や延期が続いたコロナ禍の2年半、活動を制限されたからこそ感じた歌への思いがあるという。

 

やっぱり歌い手も、それまで歌を歌わせてもらうことが当たり前だと思ってきたのができなくなって、改めて歌えることの素晴らしさを感じたと思うし、お客さんも歌を聴くことの楽しさを思ったんじゃないかな。
10年前、東日本大震災のとき、(当時)楽天(ゴールデンイーグルス)の嶋(基宏)選手が、「見せましょう、野球の底力を」って言っていましたけど、今こそ、歌の底力を皆さんに感じてもらえるときだと思います。
そのためには何といっても生歌。早くコロナを収束させて、生の声を皆さんにお届けしたいです。配信ライブは、おじいちゃん、おばあちゃんたちが見るのはなかなか難しいから、それよりもコロナが終わったらバシッと生で歌をお聴かせしたいですね。

 

インタビューも終盤、「もう数年すればデビュー50周年の節目を迎えますね」と水を向けてみると、

 

僕は節目っていうのが嫌いなんですよ。だって48年目だって49年目だって大事なわけでしょ。何年目っていうのに順位をつけたくない。半世紀?自分で“反省”すればいいんじゃないかな(笑)。

 

そう冗談をいいながらこちらの質問を煙に巻いたが、ならば40年以上歌ってきて、歌手という仕事の魅力はどこにあると思うかと尋ねると、こんなエピソードを明かしてくれた。

 

昔の話ですが、ご夫婦で応援してくだっていたファンがいらして、奥さんの方がご病気で医者から余命宣告をされているような状況だったんです。それが僕のコンサートを見に来て、それから5年生きたということがありました。すごいことですよね、もうちょっとで亡くなると言われていたのに5年生き延びたんですから。もちろん歌もでしょうけど、僕本人を好きでいてくださったということを聞いて、歌手冥利につきると思いました。歌い手は皆さん、そういうファンに支えられていると感じているんじゃないですか。

 

最後にコロナが収束した後、どんなことをやってみたいかを尋ねた。

 

僕は終わっちゃったことは考えてもしょうがないという考え。同じように将来にむかって目標や予定も立てないんです。予定を立てるとそれを実現することばかりに注力することになりますから。予定は立てず、リラックスしてまっすぐ前をむいて歩いていきたい。僕の親父は74歳で亡くなりましたけど、後ろを振り向かず精一杯生き切った人でした。親父の教えというわけでもないですが、一日一日を精一杯生きることを、これからも大切にしていきたいですね。聴いてくださる方にいい歌をお届けして、少しでも皆さんの心を前向きにできたらいいなと思っています。

角川 博『四条河原町/雨の香林坊』

2021/10/06発売
1.四条河原町 作詞:麻 こよみ 作曲:南乃星太 編曲:伊戸 のりお
2.雨の香林坊 作詞:麻 こよみ 作曲:南乃星太 編曲:伊戸 のりお
3.忘れてあげる (アコースティック・バージョン)作詞:麻 こよみ 作曲:南乃星太 編曲:南乃星太
4.四条河原町 (オリジナルカラオケ)
5.四条河原町 (一般用カラオケ半音下げ)
6.雨の香林坊 (オリジナル・カラオケ)
7.忘れてあげる (アコースティック・バージョン) (オリジナルカラオケ)

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