昭和の歌謡曲を色づかせた「阿久悠」の世界~ヒャダインの歌謡曲のススメ#1

2020.8.14

歌手としての活動だけでなく、前山田健一名義では、ももいろクローバー、AKB48といったアイドルから、SMAP、ゆず、郷ひろみなどのビッグアーティスト、さらにはアニソンとして演歌・歌謡曲グループのはやぶさへ楽曲提供するなど、ジャンルに一切とらわれない幅広い音楽活動を展開するヒャダイン。

そんなヒャダインが心から愛する往年のヒット歌謡曲をはじめ、いま注目の歌手たちの魅力を徹底考察する連載・第1回目のテーマは「作詞家・阿久悠」!


みなさま初めまして。ヒャダインと申します。音楽クリエイターを生業としているものです。今回から数回に渡って歌謡曲について語らせていただきますのでよろしくおねがいいたします。

初回のテーマは阿久悠さん。

私事で大変恐縮ですが数年前に阿久悠さんの未発表歌詞に曲をつけて完成させるプロジェクトに参加させてもらって、歌謡グループ・はやぶさ「蜘蛛男のダンス」ガールズバンド・SILENT SIRENに「お茶の水グラフィティ」を、増田恵子さんの「最後の恋/富士山だ」では編曲にて参加させていただきました。

その際に阿久悠さんの未発表歌詞のファイルをお借りして拝見させてもらったのですがその量たるや!!既存曲ですら多作だと言われているのにそれ以外にもこれだけの作品群があったと思うと、その創作意欲には頭が垂れるばかりです。

はやぶさ「蜘蛛男のダンス(シングルバージョン) Aタイプ」

バリエーション豊かな世界観の中にも共通する「粋」

阿久悠さんの代表作、と言っても一言では言えないくらいのバリエーションがあります。

ピンクレディーのようなトンチキな世界観、沢田研二のようなダンディズム、山本リンダのような強い女、宇宙戦艦ヤマトのようなアニソン、河島英五のような懐古主義な男などなど枚挙にいとまがありませんね。

阿久悠ファンの私としてはどの側面の阿久悠作品も大好きです。提供アーティストによってガラリガラリとまさにカメレオンアーミーのように姿を変えていく中にも、総じて共通する芯みたいなものを感じるんですよ。

それは一言でいえば「粋」。おしゃれ、とかいう言葉ではしっくりこない。まさに粋なんです。

沢田研二さんの「勝手にしやがれ」。まずこちらの作品、タイトルからして粋ですよね。1959年に公開された同名映画からの引用で、歌詞の世界観が大変映画的です。
「壁ぎわに寝がえりうって 背中できいている~♪」という出だしの雄弁さたるや!

タバコやお酒の匂い、汗臭さ、気だるい雰囲気・・・ド頭から説明もされていないのにそういった映像的な世界観にグググと引き込まれます。ゴテゴテと状況を説明することはとても簡単です。愚直に長文で「今私は汚い部屋で別れそうな彼女の隣で寝たふりをしています。」と書けばいいのですから。

しかしそれは歌詞ではない。やはり歌詞=限られた音数の中で無限の世界を表現することなので、いかに最短距離でリスナーの想像力を膨らませることができるかがポイントでしょう。
その点で阿久悠さんの粋な表現は唸るものがあります。端的にかつパワフルに言葉を紡ぐ粋さたるや。私の想像ですが、阿久悠さんはリスナーの想像力や読解力を信じていたんだと思います。

リスナーはそんなに馬鹿じゃない。1を伝えたら10を感じ取ってくれるだろう、そういった信頼があったのではないでしょうか。2020年のクリエイターとしてこの教えは心に刻まねばと思っています。

 

「強い女性」を描きつつ、男女それぞれの個性を愛した

さらに阿久悠さんの素晴らしい点は、「強い女性」を描いたところです。

時代的に男尊女卑がまだ続く一方、女性の社会進出が活発になってきていた時代の風を感じ、そしてそもそも女性へのリスペクトに溢れていた阿久悠さんの書く女性は決して「三歩下がってお慕い申し上げております」のような旧態依然としたものではなく、山本リンダさん「狙いうち」にもあるように「この世は私のためにある~♪」わけです。
尾崎紀世彦さん「また逢う日まで」では「ふたりでドアをしめて~♪」と決して男性上位ではなく、平等な男女を描いていました。

ピンクレディーに至っては股を広げたりする言うなれば「はしたない」ダンスをセクシーな衣装で踊っていましたが、それは男性に媚びることのない女性の強さとも考えられないでしょうか。処女性が重要視されるアイドル業界であんな露出多めでパフォーマンスするのは女性としての自分らしさを表現しているとしか思えません。

そう。阿久悠さんの素晴らしいのは男女が平等であることはもちろんですが、やたらに平等を唱えるのではなく「男性性」と「女性性」の個性の違いも文化の一部として愛していた点です

これは2020年現在、差別と区別の境が曖昧になってデリケートになりすぎている昨今、意識しなくちゃいけないことじゃないでしょうか。
阿久悠さんはその問題に対しても1980年代にも関わらず考えがあったようで、沢田研二さん「カサブランカ・ダンディ」において「男がピカピカのキザでいられた~♪」と昔の男性観を懐かしみつつも、もうもはやその価値観は通用しないんだよ、ということを歌に落とし込んでいます。

時代の変遷による価値観のアップデートに敏感な方だったんだな、と改めて感じます。

ピンク・レディー 「阿久 悠 作品集」

変わらないものを想うときに際立つ哀愁

一方、キャリアの後半になってくると流石の阿久悠さんも時代の変遷の速度に疲れ、変わらないものの素晴らしさを表現されるようになります。河島英五さん「時代おくれ」などまさにそうではないでしょうか。

不器用だけど人の心を見つめ続ける時代おくれの男になりたい、という今までの派手さや強気さがなく、朴訥としたひとり語りのこの歌は当時の阿久悠さんそのものですし、時代を駆け抜けた人だからこそ過去を振り返った際の哀愁が際立つのではないでしょうか。

その延長線上に私が編曲を担当した増田恵子さん「最後の恋」、そして市川由紀乃さん「懐かしいマッチの炎」があるのではないでしょうか。

もうマッチで火を起こすことなんてない時代にマッチの炎をつけたり消したりすることで昔を懐かしみ、そして昔の恋を懐かしむというまさに大人のラブソングです。
ピンクレディーで描いた世界観と比べてずっとずっと半径が狭い世界。男女とマッチ、ただそれだけ。誰しもが持っているだろう若い頃の青い恋を振り返るには丁度いい半径なのではないでしょうか。

市川由紀乃さんのクリアで聴き取りやすい歌声は歌詞をストレートに伝えてくれますし、萩田光雄先生の美しいアレンジがまた世界を彩ってくれてます。

市川由紀乃「懐かしいマッチの炎」

阿久悠さんの歌詞はリスナー側のライフステージが変わると聴こえ方が変わってくるものです。ぜひこの機会に皆さんも昔聴いていた阿久悠作品を聴き直してみてはいかがでしょう。きっと新曲のように感じられると思います。そして新たに人生を彩ってくれるはずですよ。

PROFILE

ヒャダイン

音楽クリエイター
本名:前山田 健一。1980年大阪府生まれ。
3歳の時にピアノを始め、音楽キャリアをスタート。作詞・作曲・編曲を独学で身につける。
京都大学を卒業後2007年に本格的な音楽活動を開始。動画投稿サイトへ匿名のヒャダインとしてアップした楽曲が話題になり屈指の再生数とミリオン動画数を記録。
一方、本名での作家活動でも提供曲が2作連続でオリコンチャート1位を獲得。2010年にヒャダイン=前山田健一である事を公表。アイドル、J-POPからアニメソング、ゲーム音楽など多方面への楽曲提供を精力的に行い、自身もアーティスト、タレントとして活動。テレビ朝日系列「musicるTV」、フジテレビ系列「久保みねヒャダこじらせナイト」、BS朝日「サウナを愛でたい」が放送中。YouTube公式チャンネルでの対談コンテンツも好評。

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