演歌歌手の非演歌曲の素晴らしさ~ヒャダインの歌謡曲のススメ#7
歌手としての活動だけでなく、前山田健一名義では、ももいろクローバー、AKB48といったアイドルから、SMAP、郷ひろみなどのビッグアーティスト、さらに、はやぶさへアニソンを楽曲提供するなど、ジャンルに一切とらわれない幅広い音楽活動を展開するヒャダイン。
そんな彼が心から愛する歌謡曲の魅力を徹底考察する連載。
第7回目のテーマは「演歌歌手の非演歌曲の素晴らしさ」です。
年末、例年なら海外に行くのが恒例になっていたのですが、今年はそういうわけにもいかず年末年始はテレビを観て過ごしました。
「NHK紅白歌合戦」とテレビ東京「年忘れにっぽんの歌」を交互に観ていたのですが、テレ東の方で島津亜矢さんが歌う『時代』(中島みゆきさんのカバー)を観た時に鳥肌が立ちまして。
カバーに定評がある島津さんですが、コロナでてんてこ舞いだった2020年という時代の締めくくりに「こんな時代もあったね~」と歌われると響くものがありました。
そして何より島津さんの圧倒的ボーカル!良い意味で演歌歌手であることを感じさせない歌唱法で雑味のない美しい歌声は心までストレートに響きました。
そこで今回は、演歌歌手の皆さんが歌う”非演歌曲”について考え、その特異性や魅力について言及したいと思います。
ジャズシンガーとしても超一流の美空ひばり
まず演歌で非演歌曲といえば外せないのが美空ひばりさんではないでしょうか(美空ひばりさんを「演歌歌手」とカテゴライズするのは乱暴であることは承知のうえですが)。
名盤『ひばりジャズを歌う』。
ナット・キング・コールを偲んで数多のジャズ名曲をカバーしているのですが、演歌のコブシを封印(たまに出ちゃってますが)、日本語カバーでも演歌のコブシやガナリを封印して思いっきりジャズです。
しかし演歌で会得した技は存分に活用されていて、まずピッチの良さ。全くずれないピッチは厳しい演歌界で鍛え上げた賜物でしょう。
そしてさらに演歌の特徴である「ピッチの外し方」「リズムの外し方」が見事です。
特にジャズというジャンルは譜面通り歌えばいいわけではなく、オケを聴いて自分の気持ちいいところで”しなやかに歌うこと”が要求されます。演歌は基本オケのリズムはしっかりしていますが、歌い手はちょっとタイミングを外したり音程を潜らせたりするものです(大御所はズラしすぎの時もありますが)。
そして感情表現。
演歌は艷歌とも言われるように、艷さが必要。歌に喜怒哀楽の表情が乗りやすいジャンルです。それもジャズと通じる部分があるんですね。
以上の要素を美空ひばりは見事に歌いこなしていて、ジャズシンガーとしても超一流と言わざるを得ません。
石川さゆりの声量に頼らない感情表現
非演歌曲として石川さゆりさんの『ウイスキーが、お好きでしょ』も取り上げたいです。
1990年にCMソングとして発表された石川さゆりのオリジナルソング(演歌ではなかったのでSAYURI名義でしたが)。
こちらもジャズテイストのポップス。大人のおしゃれな恋愛を描いた秀作で数多くのミュージシャンにカバーされている楽曲で、このボーカルも演歌を感じさせないものですが、やはり演歌で会得したテクニックが満載で聴き惚れてしまいます。
まず声量を出さずに音程や感情表現をコントロールできるのは本当に実力がある人だけ。
この曲は基本ウイスパー気味の「張らない」歌い方。「あまぎーーごえーー」と情念を爆発させている歌手と同一人物とは思えません。
とはいえ演歌は他のジャンルの楽曲に比べて一曲の中のダイナミクスレンジが大きいジャンル。すなわち、最も小さい音と最も大きい音の比率が大きいんです。
前述の『天城越え』で考えてみると、Bメロの「寝乱れて 隠れ宿~」のあたりの音量と「あまぎーーごえーー」の部分の音量、全然違うんですよね。それゆえに小さいところでもただ小さくならないテクニックを持っているんですね。
なのでこの楽曲、しとやかな艷を帯びた名曲に仕上がったわけです。他のポップス歌手では難しかったかもしれません。
演歌で鍛えた利点のみを活かしロックを歌う氷川きよし
最近の曲の話をしましょう。
紅白でも披露された氷川きよしさんの『限界突破×サバイバー』。
こちらアニメの主題歌ということもありロックテイストのJ-POP。
それを文字通り限界突破した氷川きよしさんが爆発的な歌唱力で歌い上げます(紅白での早着替え、2番めの衣装めちゃくちゃかっこよかったです、氷川さん!)。
演歌出身の水樹奈々さんも同じくですが、演歌の方の力強いロングトーンとビブラートは、アニメソングと相性がいい!
『CHA-LA HEAD-CHA-LA』などでおなじみの影山ヒロノブさんらレジェンドアニソンシンガーは、もともとハードロック出身。声量とビブラートという点では共通する部分があると思っています。
氷川さんはいわゆるド演歌もめちゃくちゃ上手い分、ポップスになったらド演歌テイストが抜けないのかな、と思いきや、逆に演歌で鍛え上げた利点のみを使いこなす器用っぷり。
もっとたくさんレパートリーでロック曲を作ってほしいです!
歌唱力偏差値が高い演歌歌手だからこそ
演歌はやはり基本的な訓練が必要なジャンルで、プロになるには厳しいトレーニングが必要な分、歌唱力の偏差値はかなり高いと私は思っています。それゆえ非演歌曲を歌うことになっても対応できるのではないでしょうか。
ただ一点、そのトレーニングで癖になった「演歌作法」を抜かなきゃいけないという、これまた特殊な技術が必要なので演歌歌手なら誰しもできることではないとは感じていますが、その安定した歌唱力はフレキシブルにジャンルをまたげるんじゃないでしょうか。
そんなことを考えながら今日も八代亜紀さんのジャズアルバムを聴く私でありました。
PROFILE
ヒャダイン
音楽クリエイター 本名:前山田 健一。
1980年大阪府生まれ。 3歳の時にピアノを始め、音楽キャリアをスタート。作詞・作曲・編曲を独学で身につける。 京都大学を卒業後2007年に本格的な音楽活動を開始。動画投稿サイトへ匿名のヒャダインとしてアップした楽曲が話題になり屈指の再生数とミリオン動画数を記録。
一方、本名での作家活動でも提供曲が2作連続でオリコンチャート1位を獲得。2010年にヒャダイン=前山田健一である事を公表。アイドル、J-POPからアニメソング、ゲーム音楽など多方面への楽曲提供を精力的に行い、自身もアーティスト、タレントとして活動。テレビ朝日系列「musicるTV」、フジテレビ系列「久保みねヒャダこじらせナイト」、BS朝日「サウナを愛でたい」が放送中。YouTube公式チャンネルでの対談コンテンツも好評。