<紅白>の魅力と舞台裏~NHK一筋34年の名物宣伝マンがみた景色~【その2】
野村さんが〈紅白〉に携わり始めた‛60年代後半から‘70年代の昭和の時代。大晦日の夜は、〈レコード大賞〉が発表される丸の内の帝国劇場から、〈紅白〉が行われる有楽町の東京宝塚劇場や渋谷のNHKホールへタクシーで駆けつけるのが、その年のスターの証だった。家庭でも、都会へ出稼ぎに出たり、進学のために上京したりした家族も帰省、故郷でみんなが集まって〈レコード大賞〉から〈紅白〉を観るという一連の流れができていた。〈紅白〉の視聴率は常に70%前後をキープ、時には80%に近づくこともあった。〈紅白〉は、他の追随を許さない、まさに“国民的歌番組”として君臨していた。
もちろん、大晦日の夜、野村さんがいるのは、故郷ではなく、〈紅白〉の会場。レコード会社の宣伝マンとしてNHKを担当した34年間、大晦日に家で家族とともに過ごしたことは一度もないと言う。
「当日は朝7時には入って楽屋のチェックなどを行い、本番中は舞台裏で台本を見ながら進行をチェック。終了後はNHKの食堂で行われる打ち上げに参加して、帰宅するのは、いつも元旦の朝でした。ちなみに僕は34年間、一度も客席でステージを見た事はなかった。東芝EMIを退職した後、長年の労をねぎらう意味で女房といっしょに招待していただいたのですが、初めて観客席に座りました。うれしかったですね」
当日の仕事では、こんな印象的な思い出がある。昭和62年(‘87年)からは、音楽の好みが多様化してきたことを受けて、〈紅白〉には演歌やポップスだけでなく、クラシック、シャンソン、ロックなど幅広いジャンルの歌手が出演するようになったが、そういった歌手にとっても〈紅白〉という舞台は、とても緊張する特別なものだったという。先日、惜しまれながらこの世を去ったソプラノ歌手の佐藤しのぶもその一人だった。
「出場前に発声練習をするために、ピアノのある控室にしてほしいと佐藤本人から言われたんです。通常、出場者の楽屋は、ステージ近くに用意されていますが、ピアノなんて置けませんからね。NHKにお願いして、ピアノのあるホールから離れたラジオスタジオを使えるようしてもらいました」
その年の出場者は、発表当日に各レコード会社のNHK担当者に連絡が来る。それは今も同じ。そして「何回、出場していても、〈紅白〉での生歌唱はいつも緊張する」とほとんどの歌手が語っているのも、今も昔も変わらない。前出の佐藤しのぶも「本業のオペラ以上に緊張した」と後のインタビューで語っている。さらに野村さんの記憶にはこんなシーンも焼き付いている。
「初めて〈紅白〉に携わった昭和44年、当時はまだNHKホールがなかったので、東京宝塚劇場で行われ、客席の一番後ろから、あいうえお順に歌手が入場してきました。出場13回目のフランク永井さんが震えていましてね。その後ろの出場6回目の水原弘さんも同じように震えていて、僕にとっては2人とも大スターでしたから、入場するだけで震えている様子に、それくらい〈紅白〉というのは緊張する大舞台なんだとビックリしました」
坂本冬美と桂銀淑の2人を初出場へと導いた昭和63(‘88)年の第39回にはこんなエピソードがある。恩師の猪俣公章から「絶対に泣くな」と言われていた坂本冬美は、なんとか泣かずに歌い切ったものの、舞台袖に戻った途端、それまでの緊張が解けたのか、号泣。その様子を見ていた次の出番の桂銀淑は、緊張のあまり、もらい泣きしてしまい、本番中も泣きながら歌うことになってしまったのだとか。その後、坂本冬美は〈紅白〉に30回出場。トリも1回務めている。
「〈紅白〉に携わった34年間、毎日が本当に楽しかったですね。その年を代表する歌手が一堂に会して、生で歌を披露する。こんな豪華なショーは他にはありません。それを遠く離れて暮らす家族たちがみんな田舎に帰ってきて、一緒に見て、終わった後に除夜の鐘を聞いて、新年を迎える。〈紅白〉は新年に向かうまさに祭典ですからね。大晦日の過ごし方やテレビ視聴のあり方、音楽ジャンルの多様化によって、今は昔とは少し変わってきているのかもしれないですけど」
中でも、演歌好きな野村さんにとって、演歌が少なくなっていることが何よりさびしいのだとか。それだけに、〈紅白〉の未来にこんな夢を託す。
「演歌界に今、若い才能ある子たちが増えていてとてもうれしく思っているので、その意味でも演歌の比率を上げて欲しいですね。若い視聴者のためには、ニューミュージック系が入ってもいいけれど、今の若い子は大晦日、出かけたりして、オンタイムで視聴しませんよね。だとしたら、演歌・歌謡曲を多くしたほうが、視聴率も上がるのではないでしょうか――なーんて、勝手に思っているんですけどね(笑)」
野村さんのような、〈紅白〉愛を持った関係者やスタッフの尽力で国民的歌番組に成長し、ブランディングができた〈紅白〉。令和初の今年は、記念すべき70回。新時代にはどんな形で音楽ファンを楽しませてくれるのか、〈紅白〉に携わるすべての人たちの活躍に期待したい。
所属アーティストを〈紅白〉に出場させるべく奮闘してきた野村氏の半生を振り返るインタビュー前編はこちら