“歌い手・中澤卓也”を形作る師匠の教え、そして芽生えたプロとしての信念

2020.8.25

その後、毎週、課題曲を2曲与えられるようになってからも、田尾氏のこの指導法は変わらなかった。中澤は「その指導法が自分自身にはとても合っていた」と微笑む。
先生から何ら歌い方の指導や注意を受けることはありませんでしたから、正直、自分の歌唱が合っているのか合っていないのか、何が正しくて何が間違っているのか、わからなくて悶々とすることもありました。
でも振り返ると、レースをやっていた時のコーチも、一切、テクニックは教えないで、ガソリンだけ満タンにして、ガソリンが尽きるまで帰ってくるなっていう放し飼い状態の指導法で(笑)。
僕の両親も、これやりなさい、あれやりなさいって一切言わず、自由にやらせてくれる人たちでしたから、田尾先生の教え方は自分の感覚にすごく合っていたんじゃないかと思います。田尾先生との出会いには本当に不思議な、そして幸せなご縁を感じています

それは音楽に対する考え方についても同じだった。
フォークバンドやロックバンドから音楽活動をスタートし、アメリカで声楽を学んだ経験もある田尾氏は、ポップスや洋楽を聞いて育った中澤にとって、音楽的な感覚も合う師匠だった。そして、そんな田尾氏だからこそのこんな教えが今、中澤の“うたびと”としての哲学になっている。
先生には、『いい歌はジャンルなんて関係ない』と言われました。『歌い手がジャンルにとらわれていたら、絶対いい歌は歌えないし、ジャンルなんて関係ないくらい人の心を動かす歌を歌えるようにならなきゃダメだ』と。
その言葉をもらった時に、それまで演歌・歌謡曲にこだわっていたことも含め、自分が音楽に描いていた物の見方が180度変わりました

その言葉は、プライベートにも影響を及ぼした。
先生には『歌は心』と教えられたので、表現者として質のいいもの、人の心を動かすものを常に追求していかなければいけないと考えるようになりました

それは、コロナ禍での生活にも表れている。
ありがたいことに、コロナ禍の前はほとんど家にいる時間がなくて、お休みもないくらい忙しくさせてもらっていたんですが、急に家にいる時間ができてので、この半年で自分の中にいろいろなものを詰め込むことができました。
例えば、自分のDVDを細かいところまで見返したり、いろいろなアーティストさんの歌やコンサート映像を観て、刺激を受けたり発見をしたり。歌以外でも、朝飯をちゃんと作ろうとか、湯船にちゃんと浸かろうとか日付が変わる前に寝ようとか、今までしたくてもできなかったことをやって、新しい習慣を作ることができました。
間接的にですが、喉にも歌にも活きているし、自分のパフォーマンスの向上にも役立っているなと感じています

大好きなステージはサーキットに似ている

そんな中澤が今、願うのは、お客様の前で歌える日が早く戻ってくること。
新型コロナの影響で、コンサートが中止や延期となり、生配信ライブなどやらせていただいていますが、やはり、生のステージには、お客様との目に見えないキャッチボールや、お客様とリズムやテンションを共有し同じ気持ちになれている喜び、お客様の拍手で会場が振動している感じなど、そこでしか味わえない感動があります。
コロナ禍でステージに立てなくなっている今、以前にも増して、ステージに立つ喜びと感謝を、深く感じています

ちなみに、大好きなステージではルーティーンを大事にしているそう。それはレースに没頭していた時代からの変わらぬ習性だ。
レースをやっていた時は、サーキットに何時について、どういう行動をとるかということを決めていて、身につけるスーツを置いておくところもいつも一緒じゃないと気持ち悪かったんです。
歌手になってからもそれは同じで、楽屋に何分前に着いて、まずは仕事のことは何も考えずボーっとして、何分前からメイクを始めて、何分前にストレッチをして、何分前に衣装に着替える等決めています。それがちょっとズレると気持ち悪い。
ステージに出る前の時間は、自分が最大限のパフォーマンスをする上での予備段階というか助走なので、とても大事にしています

「サーキットとステージは似ている」と中澤。
レーサーは、監督やメカニックに支えられながらも、サーキットに出れば、自分1人で勝負しなければなりません。
歌手もまた、事務所やレコード会社、ディレクターやプロモーター、多くのスタッフに支えられながらも、用意されたステージをいいものとして人に届けることができるか否かは自分1人で勝負しなければならない。
また、レースは、ゼロコンマの世界でスピードを競いますが、歌も間をどこに置くか、言葉をどこに置くかなど、ミリ単位の表現の差でぜんぜん変わってきます。僕はそういう世界が好きなんでしょうね(笑)

レーサーを目指し、ポップスを愛好していた時代を経て、今、演歌・歌謡界を力走している中澤。
次世代を担うホープとして期待される彼が培ってきた資質と感性を活かし、今後は、ひとつのジャンルに納まることなく、“うたの世界”にどんな新風を巻き起こしてくれるのか、期待したい。

作品情報

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中澤卓也「歩み Part1」

未発表曲3曲を収録したファン待望のオリジナルファーストアルバム!CRCN-41344 ¥2,727(税抜)

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