筒美京平がスターにしたのは誰だ!? 筒美京平が手がけた80年代アイドルランキング

2021.7.11

歌にまつわるさまざまな事柄をランキング形式で紹介する「うたびとランキング」。

 

2020年10月7日、80歳で逝去した作曲家・筒美京平
1966年8月に『黄色いレモン』(歌/藤 浩一など競作)でデビューして以来、JASRAC登録曲だけでも2700以上の楽曲を残し、半世紀にわたって絶え間なくヒット曲を量産し続けた。
今回のうたびとランキングでは、筒美京平が一番精力的に仕事をした1980年代に的を絞り、298枚ものシングルA面で最も多く筒美京平の曲を歌った歌手をカウント、そのデータをランキング形式で紹介する。

目次

アイドルの新たな一面を魅せる筒美サウンド〜第10位から第7位〜

まず第10位から見ていこう。
第10位は、現在もラジオパーソナリティなどで活躍中の早見優
当時住んでいたハワイでスカウトされた早見は、1982年にデビュー。筒美が手がけたのは5曲目の『夏色のナンシー』からで、彼女が持っているトロピカルなイメージを前面に押し出した。
それまでオリコン・チャート25位以下だった彼女がこの曲で7位に浮上し、その後『渚のライオン』『ラッキィ・リップス』『誘惑光線・クラッ!』『哀愁情句』と、いずれも10位以内にランクインした。

 

次は同率で7位が3人。まず最初は80年代アイドルブームの立役者の一人、河合奈保子
筒美が河合奈保子を手がけたのは意外と遅く、13曲目のシングル『エスカレーション』から。それまではデビュー曲の『大きな森の小さなお家』など、どこか牧歌的な楽曲が多かった彼女だが、筒美は、ちょっぴりセクシーに男性を挑発するような歌詞が映えるエモーショナルな楽曲を提供。
『UNバランス』『唇のプライバシー』『北駅のソリチュード』『ジェラス・トレイン』『刹那の夏』と、しっとりした大人の女性からミステリアスな女まで歌い上げる、トップアイドルの新たな魅力を打ち出した。

 

2人目の第7位は、当時すでに歌の上手な歌手として確固とした地位を築いていた岩崎宏美
筒美はデビュー曲『二重唱(デュエット)』(1975年)から阿久悠とタッグを組み、『ロマンス』『シンデレラ・ハネムーン』など多数のヒット曲を提供し、彼女を一躍スターダムに押し上げた。
1980年代に入り、中学2年生でデビューした岩崎が大人の女性へと変貌を遂げると、『スローな愛がいいわ』『女優』『素敵な気持ち』『真珠のピリオド』『未完の肖像』『夜のてのひら』と、その歌唱力を生かしたドラマチックな6曲を提供した。

 

3人目の第7位の柏原芳恵は、1980年に柏原よしえの名前でデビュー。
筒美がシングルA面の曲を書いたのは、1982年にリリースしたシングル10曲目の『あの場所から』が最初だ。この曲は、筒美が1970年に日本人男性と外国人女性のデュオ「Kとブルンネン」に提供した楽曲で、彼女が柏原よしえ名義で出した最後のシングルとなった(11曲目の『花梨』より「芳恵」に改名)。
そして次に作曲したのは1984年にリリースした17曲目の『ト・レ・モ・ロ』。当時流行していたテクノサウンドを取り入れ、すでにトップアイドルだった彼女の、それまでとは違う魅力を引き出した。その後『悪戯NIGHT DOLL』『女ともだち』『化石の森』を手がけ、1989年にはかつていしだあゆみに書いた『あなたならどうする』を提供、1970年のヒット曲に新たな命を吹き込んだ。

世代を超えた人気曲を次々に発表! 〜第6位から第4位〜

続いて第6位は少年隊
筒美は1985年の彼らのデビュー作『仮面舞踏会』を皮切りに、『デカメロン伝説』『バラードのように眠れ』『stripe blue』『君だけに』『ABC』『じれったいね』と次々と大ヒットを飛ばした。オリコンチャートに関しても『デカメロン伝説』のみ2位で、他の楽曲はすべて1位という快挙を成し遂げた。
ちなみに、2020年12月12日の少年隊デビュー35周年記念日にリリースされた『少年隊35th Anniversary BEST』にも当然ながら筒美のヒット曲が満載で、今も世代を超えた人気を博している。

 

第4位は本田美奈子
筒美京平は1985年のデビュー曲『殺意のバカンス』から、『好きと言いなさい』『青い週末』『Temptation(誘惑)』、ヘソ出しの衣装が話題をさらった『1986年のマリリン』『Sosotte』、オリコン2位を記録した『HELP』と『Oneway Generation』など、本田美奈子名義でリリースしたシングル13曲中8曲を手がけ、彼女の卓越した歌唱力を世の中に知らしめた。
その後、本田美奈子はアイドルから脱皮してミュージカル女優として活躍(2004年没)。

 

同じく第4位が小泉今日子
筒美京平が手がけたのは1983年にリリースした5枚目のシングル『まっ赤な女の子』が最初。当時の女性アイドルのデフォルトだった“聖子ちゃんカット”から、大胆にも襟足を刈り上げたショートカットにイメージチェンジした際の記念碑的なヒット曲だ。
その後は『半分少女』『迷宮のアンドローラ』『ヤマトナデシコ七変化』『魔女』と続き、秋元康が作詞した『なんてったってアイドル』が社会的なブームに。
そのほかにも『夜明けのMEW-ミュー-』『水のルージュ』と話題曲を手がけ、いずれもオリコン上位を独占した。

筒美京平が最もシングル曲を手がけたのは……?〜第2位&第1位〜

第2位は2組。1組目の第2位はC-C-B
筒美京平は彼らの名が一躍有名になった3枚目のシングル『Romanticが止まらない』から、1989年にリリースした最後のシングル『Love Is Magic』までほとんどを手がけ、解散を見届けた。
実はC-C-Bは、筒美の実弟・渡辺忠孝がプロデュースしたバンド。テレビドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)のタイアップが決まり、「必ずヒットさせなければ」と思った渡辺が実兄に作曲を頼んだ。
C-C-Bは松本隆と筒美京平という最強のヒットメーカーに支えられ、メンバーのカラフルな髪色や、電子ドラムを叩きながら歌うスタイルも話題となって大ブレイクした。

 

もう1人の2位は田原俊彦
マッチより半年早くデビューしたトシちゃんだが、筒美の曲は8枚目の『君に薔薇薔薇…という感じ』が最初のシングル。
『原宿キッス』『ラブ・シュプール』『シャワーな気分』、研ナオコとデュエットした『夏ざかり ほの字組』(Toshi&Naoko名義)、『抱きしめてTONIGHT』など次々にヒットを飛ばしたが、手がけた曲数としては、トシちゃんが歌う80年代のシングル全37曲中10曲に止まった。

 

そしていよいよ第1位! 第1位はご存知マッチこと近藤真彦だ。
筒美京平は1980年12月にデビュー曲『スニーカーぶる〜す』を作曲し、オリコン1位を獲得。2曲目の『ヨコハマ☆チーク』こそ2位だったが、続く『ブルージーンズメモリー』『ギンギラギンにさりげなく』『情熱☆熱風せれなーで』『ふられてBANZAI』と、すべてオリコン1位という偉業を達成した。
マッチのシングルは、いわゆる職業作曲家以外に7曲目の『ハイティーン・ブギ』と15曲目の『永遠に秘密さ』が山下達郎、30曲目の『アンダルシアに憧れて』が真島昌利(THE BLUE HEARTS)など、さまざまなアーティストが楽曲を提供したが、筒美は80年代のマッチのシングル全30曲のうち約半数の14曲を手がけており、この時代の彼を最も輝かせた作曲家といえる。ちなみに最も多く作詞を手がけたのは松本隆で11曲。次いで伊達歩=小説家の伊集院静と、1982年に中森明菜『少女A』で大ヒットを飛ばした売野雅勇だ(ともに5曲)。

 

アイドルポップスが花開いた80年代。
新人歌手を一躍スターダムに押し上げたり、トップアイドルの新たな魅力を打ち出したり……まるで魔法のように魅力的な筒美京平サウンドは、2021年の今も、そしてきっとこれからも、古びることなく私たちを楽しませてくれることだろう。

筒美京平が手がけた80年代アイドルランキングTOP10

1位:近藤真彦 14曲
2位:田原俊彦、C-C-B 10曲
4位:小泉今日子、本田美奈子 8曲
6位:少年隊 7曲
7位:河合奈保子、岩崎宏美、柏原芳恵 6曲
10 位:早見優 5曲

参考資料/『筒美京平の世界』(株式会社バーン・コーポレーション)

 

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